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1.

軽症~中等症の新型コロナ、経口simnotrelvirの早期投与は?/NEJM

 軽症~中等症の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の成人患者において、simnotrelvir+リトナビルの早期投与(発症後72時間以内)は、明らかな安全性の懸念はなく、症状消失までの時間を短縮したことが、中国・中日友好医院のBin Cao氏らが1,208例を対象に行った第II/III相プラセボ対照無作為化二重盲検試験の結果で示された。simnotrelvirは、中国で開発中の経口3-キモトリプシン様プロテアーゼ阻害薬で、in vitroでSARS-CoV-2に対する活性を示すことが見いだされ、第Ib相試験で有用である可能性が示されていた。NEJM誌2024年1月18日号掲載の報告。11のCOVID-19関連症状が2日連続で認められない状態までの時間を比較 研究グループは中国の研究施設35ヵ所において、発症後3日以内の軽症~中等症のCOVID-19患者1,208例を、simnotrelvir 750mg+リトナビル100mgを投与する群(603例)、プラセボを投与する群(605例)に無作為に割り付け、1日2回5日間投与した。 有効性の主要エンドポイントは、持続的なCOVID-19症状消失までの時間とし、11のCOVID-19関連症状が2日連続で認められない状態と定義した。安全性と、ウイルス量の変化についても評価した。 発症後72時間以内に試験薬かプラセボを投与した患者について、修正ITT解析を行った。持続的な症状消失まで約1.5日短縮、ウイルス量もより減少 持続的なCOVID-19症状消失までの時間中央値は、プラセボ群216.0時間(95%信頼区間[CI]:203.4~228.1)に対し、simnotrelvir群は180.1時間(162.1~201.6)と有意に短かった(群間差中央値:-35.8時間、95%CI:-60.1~-12.4、Peto-Prentice検定のp=0.006)。 投与5日目の時点で、ウイルス量のベースラインからの減少量も、simnotrelvir群がプラセボ群より大きかった(平均群間差:-1.51log10コピー/mL、95%CI:-1.79~-1.24)。 初回投与から29日目までの有害事象の発現率は、simnotrelvir群(29.0%)がプラセボ群(21.6%)より高率だった。ほとんどの有害事象は軽度~中等度だった。

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急性期広範囲脳梗塞に対する血管内治療の検証(解説:中川原譲二氏)

 大きな梗塞を伴う急性期脳梗塞に対する血管内治療の役割は、さまざまな集団で広く研究されていない。そこで、中国人を対象としたANGEL-ASPECT試験によって、本血管内治療の有効性を検証した。ASPECTSが3~5、または梗塞コア体積が70~100mLの患者を対象 前方循環の急性大血管閉塞症で、Alberta Stroke Program Early Computed Tomographic Score(ASPECTS)が3~5(範囲:0~10、値が低いほど梗塞が大きい)または梗塞コア体積が70~100mLの患者を対象に、中国で多施設、前向き、オープンラベル、無作為化試験を実施した。患者は、最後に元気であることが確認された時刻から24時間以内に、血管内治療群(血管内治療+内科的管理)と内科的管理単独群に1:1の割合でランダムに割り付けられた。主要評価項目は、90日後のmRSのスコア(スコアは0~6で、スコアが高いほど障害が大きい)で、90日後のmRSのスコアの分布に2群間で変化が生じたかどうかを調べた。副次評価項目は、mRSのスコアが0~2の割合、0~3の割合とした。安全性の主要評価項目は、無作為化後48時間以内の症候性頭蓋内出血とした。90日後のmRSスコアの分布は血管内治療群が良好 合計456例の患者が登録され、231例が血管内治療群に、225例が内科的管理単独群に割り付けられた。両群の約28%の患者が静脈内血栓溶解療法を受けた。2回目の中間解析で血管内治療の有効性が確認されたため、試験は早期に中止された。90日後、mRSのスコアの分布は、内科的管理単独よりも血管内治療が有利であることが観察された(一般化オッズ比:1.37、95%信頼区間:1.11~1.69、p=0.004)。症候性頭蓋内出血は、血管内治療群では230例中14例(6.1%)、内科的管理単独群では225例中6例(2.7%)に発生した。あらゆる頭蓋内出血は、血管内治療群では113例(49.1%)、内科的管理単独群では39例(17.3%)であった。副次的なアウトカムの結果は、1次解析の結果をおおむね支持するものであった。広範囲脳梗塞にも24時間以内の血管内治療が有効 日本で行われたRESCUE-Japan LIMIT(Yoshimura S, et al. N Engl J Med. 2022;386:1303-1313.)では、ASPECTSが3~5の大きな梗塞を伴う急性期脳梗塞患者において血管内治療の有効性が示され、あらゆる頭蓋内出血の発生は、それぞれ血管内治療群(血管内治療+内科的管理)58.0%、内科的管理単独群31.4%に認められた(p<0.001)。この試験では203例が、症状が認められてから6時間以内またはFLAIR画像で早期の変化が認められない場合には24時間以内に両群に割り付けられた。一方、中国で実施されたANGEL-ASPECT試験でも、RESCUE-Japan LIMITと同様の結果が得られた。すなわち、ASPECTSが3~5の患者に対して、24時間以内に血管内治療を実施したほうが、内科的管理単独の場合よりも予後が良かったが、頭蓋内出血が多いという結果であった。これらの臨床試験から、急性期広範囲脳梗塞に対する血管内治療の有効性が確定的となった。予後の改善機序については、大きな梗塞を伴う脳梗塞例では、大血管の血流再開による梗塞巣周囲の不完全脳梗塞の回避などが想定されるが、梗塞巣の内部や周囲の虚血域で、どのような組織救済が生じるかについて、さらなる検討が必要と思われる。

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第159回 アルツハイマー病行動障害の初の承認薬誕生近し?/コロナ肺炎患者への欧米認可薬の効果示せず

アルツハイマー型認知症の難儀な振る舞いの初の承認薬誕生が近づいているアルツハイマー型認知症患者の半数近い約45%、多ければ60%にも生じうる厄介な行動障害であるアジテーション(過剰行動、暴言、暴力など)の治療薬が米国・FDAの審査を順調に進んでいます。大塚製薬がデンマークを本拠とするLundbeck社と開発した抗精神病薬ブレクスピプラゾール(商品名:レキサルティ)は昨夏2022年6月に速報された第III相試験結果でアルツハイマー型認知症に伴うアジテーション(agitation associated with Alzheimer’s dementia、以下:AAD)を抑制する効果を示し1)、今年初めにその効能追加の承認申請がFDAに優先審査扱いで受理されました2)。アジテーションは誰もが生まれつき持つ感情や振る舞いが過度になることや場違いに現れてしまうことであり、多動や言動・振る舞いが攻撃的になることを特徴とします。アジテーションは患者本人の生きやすさを大いに妨げるのみならずその親しい人々をも困らせます。第III相試験では徘徊、怒鳴る、叩く、そわそわしているなどの29のアジテーション症状の頻度がプラセボと比較してどれだけ減ったかがCohen-Mansfield Agitation Inventory(CMAI)という採点法によって調べられました。29のアジテーション症状それぞれの点数は1~7点で、点数が大きいほど悪く、症状がない(Never)場合が1点で、1時間に繰り返し認められる場合(Several times an hour)は最大の7点となります。試験にはAAD患者345例が参加し、ブレクスピプラゾール投与群の12週時点のCMAI総点がプラセボ群に比べて5点ほど多く低下し、統計学的な有意差を示しました(22.6点低下 vs.17.3点低下)3)。同試験結果をもとに承認申請されたその用途での米国審査は順調に進んでおり、先週14日に開催された専門家検討会では同剤が有益な患者が判明しているとの肯定的判断が得られています4)。FDAの審査官も肯定的で、同剤の効果はかなり確からしいとの見解を検討会の資料に記しています5)。AADを治療するFDA承認薬はありません。ブレクスピプラゾールのその用途のFDA審査結果は間もなく来月5月10日までに判明します。首尾よく承認に至れば、同剤はFDAが承認した初めてのAAD治療薬の座につくことになります。その承認は歴史的価値に加えて経済的価値もどうやら大きく、その効能追加で同剤の最大年間売り上げが5億ドル増えるとアナリストは予想しています6)。重症コロナ肺炎患者へのIL-1拮抗薬anakinraの効果示せずスペインでの非盲検の無作為化第II/III相試験でIL-1受容体拮抗薬anakinraが重症の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)肺炎患者の人工呼吸管理への移行を防ぐことができませんでした7)。ANA-COVID-GEASという名称の同試験は炎症指標の値が高い(hyperinflammation)の重症コロナ肺炎患者を募り、179例がanakinraといつもの治療(標準治療)または標準治療のみの群に割り振られました。プラセボ対照試験ではありません。主要転帰は15日間を人工呼吸なしで過ごせた患者の割合で、解析対象の161例のうちanakinra使用群では77%、標準治療のみの群では85.9%でした。すなわちanakinraなしのほうがその割合はむしろ高く、人工呼吸の出番を減らすanakinraの効果は残念ながら認められませんでした。侵襲性の人工呼吸を要した患者の割合、集中治療室(ICU)を要した患者の割合、ICU滞在期間にも有意差はありませんでした。それに死亡率にも差はなく、28日間の生存率はanakinra使用群と標準治療のみの群とも93%ほどでした。試験の最大の欠点は非盲検であることで、他に使われた治療薬の差などが結果に影響した恐れがあります。同試験の結果はanakinraが有効だった二重盲検のプラセボ対照第III相試験(SAVE-MORE)の結果と対照的です。欧州は600例近くが参加したそのSAVE-MORE試験結果に基づいてコロナ肺炎患者へのanakinraの使用を2021年12月に承認しています8)。SAVE-MORE試験は重度呼吸不全か死亡に至りやすいことと関連する可溶性ウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性化因子受容体(suPAR)上昇(6ng/mL以上)患者を対象としました。今回発表されたスペインでの試験結果と異なり、SAVE-MORE試験では重症呼吸不全への進展か死亡がanakinra使用群ではプラセボ群に比べて少なく済みました(20.7% vs.31.7%)9)。また、生存の改善も認められ、anakinraは28日間の死亡率をプラセボ群の半分以下に抑えました(3.2% vs.6.9%)。SAVE-MORE試験の被験者選定基準にならい、欧州はsuPARが6ng/mL以上の酸素投与コロナ肺炎患者への同剤使用を認めています10)。米国もsuPARが上昇しているコロナ肺炎患者への同剤使用を取り急ぎ認可しています11)。参考1)Otsuka Pharmaceutical and Lundbeck Announce Positive Results Showing Reduced Agitation in Patients with Alzheimer’s Dementia Treated with Brexpiprazole / BusinessWire 2)Otsuka and Lundbeck Announce FDA Acceptance and Priority Review of sNDA for Brexpiprazole for the Treatment of Agitation Associated With Alzheimer’s Dementia / BusinessWire3)Otsuka Pharmaceutical and Lundbeck present positive results showing reduced agitation in patients with Alzheimer’s dementia treated with brexpiprazole at the 2022 Alzheimer's Association International Conference / BusinessWire4)Otsuka and Lundbeck Issue Statement on U.S. Food and Drug Administration (FDA) Advisory Committee Meeting on REXULTI® (brexpiprazole) for the Treatment of Agitation Associated with Alzheimer’s Dementia / BusinessWire5)FDA Briefing Document6)Otsuka, Lundbeck head into key FDA panel meeting with agency support for their Rexulti application / FiercePharma7)Fanlo P, et al. JAMA Netw Open. 2023;6:e237243.8)COVID-19 treatments: authorised / EMA9)Kyriazopoulou E, et al. Nature Medicine. 2021;27:1752-1760.10)Kineret / EMA11)Kineret® authorised for emergency use by FDA for the treatment of COVID-19 related pneumonia / PRNewswire

4.

線溶薬を変えても結果は変わらないかな?(解説:後藤信哉氏)

 ストレプトキナーゼによる心筋梗塞症例の生命予後改善効果が示された後、フィブリン選択性のないストレプトキナーゼよりもフィブリン選択性のあるt-PAにすれば出血リスクが減ると想定された。分子生物学に基づく遺伝子改変が容易な時代になったので各種の線溶薬が開発された。しかし、循環器領域ではフィブリン選択性の改善により出血イベントリスク低減効果を臨床的に示すことはできなかった。本研究ではt-PAよりもさらに修飾されたtenecteplaseとの有効性、安全性の差異が検証された。tenecteplaseは野生型のt-PAよりも血液中の寿命が長いとされた。しかし、臨床試験にて差異を見出すことができなかった。 分子を開発しても効果を予測することは難しい。

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広範囲脳梗塞にも24h以内の血管内治療が有効/NEJM

 中国で行われた試験で、主幹動脈閉塞を伴う梗塞が大きい患者において、発症後24時間以内の血管内治療と薬物治療の併用は薬物治療のみと比較して、頭蓋内出血の発生は多かったものの3ヵ月後の機能予後は良好であった。中国・Beijing Tiantan HospitalのXiaochuan Huo氏らが、無作為化非盲検試験「ANGEL-ASPECT試験」の結果を報告した。日本で行われたRESCUE-Japan LIMITでは、ASPECTS(Alberta Stroke Program Early Computed Tomographic Score)が3~5の患者において血管内治療の有効性が示されていた。ANGEL-ASPECT試験も、従来の試験とは異なり大きな梗塞を有する急性期虚血性脳卒中患者における血管内治療の有効性の検証が目的であった。NEJM誌オンライン版2023年2月10日号掲載の報告。ASPECTSが3~5、またはASPECTS 0~2かつ梗塞領域容積70~100mLの患者を対象 研究グループは、中国の46施設において、18~80歳、発症から24時間以内、NIHSSが6~30(範囲:0~42、スコアが高いほど神経学的症状の重症度が重い)、後ろ向きに評価した発症前のmRSスコアが0~1で、中大脳動脈(M1部、M2部)または内頸動脈(ICA)の主幹動脈閉塞が確認された患者を、最終健常確認から24時間以内に血管内治療(ステントリトリーバーまたは吸引システムによる血栓除去術、必要に応じてバルーン形成術、ステント留置、動脈内血栓溶解療法)+薬物治療群と薬物治療単独群に1対1の割合で無作為に割り付けた。 画像所見の適格基準は、発症後24時間以内の非造影CTに基づくASPECTSが3~5(範囲:0~10、スコアが低いほど梗塞が大きい)、またはASPECTSが0~2かつ梗塞領域容積が70~100mL、とした。 主要アウトカムは90日後のmRSスコアで、90日後のmRSスコアの分布のずれについて仮定のない順序数解析によりウィルコクソン-マン・ホイットニー一般化オッズ比(OR)とその95%信頼区間(CI)を算出した。副次アウトカムは90日後のmRSスコア0~2の割合、mRSスコア0~3の割合など、安全性の主要評価項目は無作為化後48時間以内の症候性頭蓋内出血(Heidelberg出血分類に基づく)などであった。90日後のmRSスコアの分布は血管内治療群が良好 2020年10月2日~2022年5月18日の間に計456例が登録され、231例が血管内治療群に(うち1例は無作為化直後に同意を撤回したため、解析から除外)、225例が薬物治療単独群に割り付けられた。患者背景は年齢中央値68歳、女性が176例(38.7%)であった。両群とも約28%の患者に静脈内血栓溶解療法が行われた。 事前に計画された第2回中間解析(2022年5月17日)において、血管内治療の有効性が認められたため、試験は早期中止となった。最終追跡調査日は2022年8月13日である。 90日後のmRSスコアの分布は、薬物治療単独群より血管内治療群が有意に良好であることを示していた(一般化OR:1.37、95%CI:1.11~1.69、p=0.004)。90日後のmRSスコア0~2の割合は血管内治療群30.0%、薬物治療単独群11.6%(相対リスク[RR]:2.62、95%CI:1.69~4.06)、mRSスコア0~3の割合はそれぞれ47.0%、33.3%(RR:1.50、95%CI:1.17~1.91)であった。 48時間以内の症候性頭蓋内出血は、血管内治療群で230例中14例(6.1%)、薬物治療単独群で225例中6例(2.7%)に認められた(RR:2.07、95%CI:0.79~5.41、p=0.12)。48時間以内のすべての頭蓋内出血はそれぞれ113例(49.1%)、39例(17.3%)に発生した。

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脳卒中治療は心筋梗塞治療の後追いをしているね(解説:後藤信哉氏)

 心筋梗塞症例の院内死亡がアスピリン、ストレプトキナーゼにて減少できることは、ISIS-2試験により示された。原因が血栓なので、フィブリン選択的線溶薬を使い、各種抗凝固薬、抗血小板薬を併用したが、有効性イベントの減少を明確に示すことはできなかった。アルガトロバンは日本が開発した世界に誇る選択的トロンビン阻害薬である。経静脈投与できるので急性期の症例に使いやすい。線溶薬に抗トロンビン薬を追加すれば、急性脳梗塞を起こした血栓は再発しにくいと想定されるが、臨床試験ではアルガトロバン追加の効果を明確に示すことができなかった。 本研究は中国一国にて施行されたランダム化比較試験である。巨大な人口を要する中国から、今後も世界の医療にインパクトを与える臨床試験の結果が報告される可能性は高いと思う。

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第138回 コロナ薬発掘の明暗/コロナ再感染はより危険

COVID-19入院患者への抗IL-1薬anakinra使用を米国が認可既承認薬の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療効果発掘の取り組みが米国で結実し、スウェーデンを本拠とする製薬会社SobiのIL-1受容体遮断薬anakinra(アナキンラ、商品名:Kineret) によるCOVID-19入院患者治療が米国FDAに取り急ぎ認可されました1)。重度呼吸不全の恐れが大きいCOVID-19入院患者をsuPAR(可溶性ウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性化因子受容体)血漿濃度上昇を頼りに選定したプラセボ対照第III相試験(SAVE-MORE)結果2,3)などに基づいてその試験とほぼ同様の用法が今回認可されました。COVID-19患者のsuPAR上昇は重度呼吸不全や死によりいっそう至りやすいことと関連し、C反応性タンパク質(CRP)・インターロイキン6(IL-6)・フェリチン・Dダイマーなどの他の生理指標に比べてCOVID-19進行のより早い段階で認められます。suPARが反映するのは危機を知らせる分子・カルプロテクチンやIL-1αの存在であり、カルプロテクチニンとIL-1αのどちらもCOVID-19の病的炎症の片棒をかつぐことで知られます。カルプロテクチニンは体内を巡る単球によるIL-1β異常生成を促し、IL-1αの阻害はCOVID-19マウスの強烈な炎症反応の発生を予防しました。anakinraはそれらIL-1αとIL-1βの両方の活性をIL-1受容体遮断により阻止します。そういった情報の集積に基づいてanakinraをsuPAR上昇患者に早めに投与し始めてCOVID-19を挫く治療が考案されました。その効果はまずは被験者130人の小規模な第II相試験で確認され4)、続く第III相試験SAVE-MORE2)で確立することになります。SAVE-MORE試験にはsuPAR血漿濃度6ng/mL以上のCOVID-19入院患者が参加し、anakinraは死亡や集中治療室(ICU)治療をプラセボ群に比べて少なくて済むようにしました。anakinra治療群の28日間の死亡率は約4%(3.9%)であり、プラセボ群の約9%(8.7%)の半分未満で済みました。またanakinra治療患者はより早く退院できました。FDAはSAVE-MORE試験の対象と同様の患者へのanakinra治療を取り急ぎ認めています。酸素投与を必要とする肺炎が認められ、重度呼吸不全に進展する恐れがあり、suPARが上昇しているらしい(likely to have an elevated)SARS-CoV-2検査陽性COVID-19入院患者に米国では同剤が使えます。Sobi社には宿題があります。suPAR検査販売の承認申請に必要なデータを準備し、2025年1月31日までにその申請を済ませる必要があります、また、suPAR検査に代わる患者同定手段を確立する必要があり、まずはその解析計画を来年2023年1月31日までにFDAに示し、その4ヵ月後の2023年5月31日までに解析結果を提出しなければなりません。COVID-19にコレステロール低下薬フェノフィブラート無効COVID-19へのanakinraの試験は先立つ研究の集大成として幸いにも成功を収めましたが、既存薬のCOVID-19治療効果発掘の取り組みは周知の通り必ずしも成功するとは限りません。脂質異常症の治療として世界で広く使われているコレステロール低下薬・フェノフィブラート(fenofibrate)はその1つで、国際的な無作為化試験で残念ながらCOVID-19に歯が立ちませんでした5,6)。先立つ細胞実験では試験結果とは対照的にフェノフィブラートの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染阻止効果が示唆されています。SARS-CoV-2感染した培養細胞やCOVID-19患者の肺組織では細胞内の過剰な脂肪生成が認められ、フェノフィブラートはSARS-CoV-2が引き起こす細胞代謝変化を解消し、細胞内でのSARS-CoV-2の複製を阻害することが細胞実験で確認されていました。また、フェノフィブラートの活性型であるフェノフィブリン酸はSARS-CoV-2スパイクタンパク質を不安定にしてその感染を減らすことも最近の細胞実験で示されています。COVID-19に有益そうな免疫調節効果も示唆されていました。期待した効果が惜しくも認められなかった無作為化試験はそれらの有望な前臨床実験結果に背中を押されて実施されました。試験に参加したCOVID-19患者の約半数の351人は発症から14日以内にフェノフィブラートを10日間服用しました。それらフェノフィブラート投与患者の重症度指標をプラセボ投与患者350人と比較したところ残念ながら有意差がありませんでした。死亡などの他の転帰も差がありませんでした。期待した効果が認められなかったとしてもなにがしかの有益な情報は得られるものです。今回の試験もそうで、安全性について重要な情報をもたらしました。フェノフィブラート群では胃腸有害事象が若干より多く認められたものの、大変な有害事象の過剰な発生は認められませんでした。よって脂質異常症などでフェノフィブラートを必要とするCOVID-19患者に同剤は安全に投与できるようです。すでに使っている患者は安心して使い続けられるでしょう。あいにくフェノフィブラートの効果は示せませんでしたが、細胞代謝経路を手入れする他の治療のCOVID-19への試験を引き続き実施する必要があると著者は言っています。コロナ再感染はより危険COVID-19治療薬発掘の取り組みが進むのは心強いですが、健康のために何よりも重要なのは感染しないようにすることかもしれません。COVID-19流行が始まってからおよそ3年が経ち、不運にも二度三度と感染する人もいます。米国の退役軍人医療データの解析によるとそのような再感染は脳や臓器の数々の不調をいっそう生じやすくし、はては死亡リスクも高めるようです7,8)。解析ではSARS-CoV-2感染経験がないおよそ533万人、SARS-CoV-2感染が1回の約43万人、SARS-CoV-2感染が2回以上の約4万人が比較されました。その結果、繰り返し感染した人は感染経験がない人に比べて約2倍多く死亡しており、3倍ほど多く入院していました。また、再感染した人は感染が1回の人に比べて肺、心臓、脳(神経)の不調をそれぞれ3.5倍、3倍、1.6倍生じやすいという結果が得られています。感染を繰り返すほどに健康不調の危険性は累積して上昇するようであり、すでに2回感染していたとしても3回目の回避に努めるに越したことはなく、3回感染している人も4回目をしないようにした方が無難なようです8)。参考1)FDAからSobi社への認可通知2)Kyriazopoulou E, et al. Nat Med. 2021;27:1752-1760. 3)Nature Medicine publishes phase 3 anakinra study results in patients with COVID-19 pneumonia / PRNewswire4)Kyriazopoulou E, et al.eLife.2021;10:e66125.5)Chirinos JA, et al. Nat Metab. 2022 Nov 7:1-11. [Epub ahead of print]6)After showing early potential, cholesterol medication fenofibrate fails to cut severe symptoms or death in COVID-19 patients / Eurekalert7)Bowe B, et al. Nat Med. 2022 Nov 10. [Epub ahead of print]8)Repeat COVID-19 infections increase risk of organ failure, death / Eurekalert

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脳底動脈閉塞の予後改善、発症12時間以内の血栓除去術vs.薬物療法/NEJM

 中国人の脳底動脈閉塞患者において、脳梗塞発症後12時間以内の静脈内血栓溶解療法を含む血管内血栓除去術は、静脈内血栓溶解療法を含む最善の内科的治療と比較して90日時点の機能予後を改善したが、手技に関連する合併症および脳内出血と関連することが、中国科学技術大学のChunrong Tao氏らが中国の36施設で実施した医師主導の評価者盲検無作為化比較試験の結果、示された。脳底動脈閉塞による脳梗塞に対する血管内血栓除去術の有効性とリスクを検討した臨床試験のデータは限られていた。NEJM誌2022年10月13日号掲載の報告。発症後12時間以内の症例で、90日後のmRSスコア0~3達成を比較 研究グループは、18歳以上で発症後推定12時間以内の脳底動脈閉塞による中等症~重症急性期虚血性脳卒中患者(NIHSSスコアが10以上[スコア範囲:0~42、スコアが高いほど神経学的重症度が高い])を、内科的治療+血管内血栓除去術を行う血管内治療群と内科的治療のみを行う対照群に2対1の割合で無作為に割り付けた。 内科的治療は、ガイドラインに従って静脈内血栓溶解療法、抗血小板薬、抗凝固療法、またはこれらの併用療法とした。血管内治療は、ステント型血栓回収デバイス、血栓吸引、バルーン血管形成術、ステント留置、静脈内血栓溶解療法(アルテプラーゼまたはウロキナーゼ)、またはこれらの組み合わせが用いられ、治療チームの裁量に任された。 主要評価項目は、90日時点の修正Rankinスケールスコア(mRS)(範囲:0~6、0は障害なし、6は死亡)が0~3の良好な機能的アウトカム。副次評価項目は、90日時点のmRSが0~2の優れた機能的アウトカム、mRSスコアの分布、QOLなどとした。また、安全性の評価項目は、24~72時間後の症候性頭蓋内出血、90日死亡率、手技に関連する合併症などであった。良好な機能的アウトカム達成、血管内治療群46%、対照群23% 2021年2月21日~2022年1月3日の期間に507例がスクリーニングを受け、このうち適格基準を満たし同意が得られた340例(intention-to-treat集団)が、血管内治療群(226例)と対照群(114例)に割り付けられた。静脈内血栓溶解療法は血管内治療群で31%、対照群で34%に実施された。 90日後の良好な機能的アウトカムは、血管内治療群104例(46%)、対照群26例(23%)で認められた(補正後率比:2.06、95%信頼区間[CI]:1.46~2.91、p<0.001)。症候性頭蓋内出血は、血管内治療群では12例(5%)に発生したが、対照群では発生しなかった。 副次評価項目については、概して主要評価項目と同様の結果であった。 安全性に関して、90日死亡率は、血管内治療群で37%、対照群で55%であった(補正後リスク比:0.66、95%CI:0.52~0.82)。手技に関連する合併症は、血管内治療群の14%に発生し、動脈穿孔による死亡1例が報告された。

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循環器内科でも血栓溶解療法に期待が集まった時代がありました!(解説:後藤信哉氏)

 心臓でも脳でも、臓器灌流血管が血栓閉塞すると臓器に不可逆的な虚血性障害が起こる。筆者が循環器内科を始めた1980年代には血栓溶解療法に期待が集まった。フィブリン選択性のないストレプトキナーゼによる急性期の生命予後改善効果が大規模ランダム化比較試験(Second International Study of Infarct Survival:ISIS-2試験)にて示され、心筋梗塞急性期の標準治療となると期待された。ストレプトキナーゼウロキナーゼはフィブリン選択性がない。すなわち、血液中にて線溶が起こりフィブリノーゲンも消費してしまう。血栓を作るフィブリンに選択的に作用する線溶薬を開発できれば標準治療になると期待された。線溶研究は盛り上がった。血管内皮細胞が産生するフィブリン選択的線溶薬tissue type plasminogen activator(t-PA)は期待された。分子生物学の勃興期でもあり、フィブリン選択性の高い製剤、単回静注にて効果の持続する製剤などが多数作られた。 しかし、循環器領域における血栓溶解療法は短期の流行の後に廃れてしまった。廃れた理由の1つは再灌流障害であった。米国では大きな病院への搬送途中に救急車にてt-PAが静注され、再灌流と同時に心室細動になる症例が多発した。t-PAを静注しても全例速やかに再灌流するわけではない。胸痛消失まで不整脈ウオッチしながら観察するのはむしろ苦痛であった。さらに、頭蓋内出血を含む重篤な出血合併症にも難渋した。経皮的冠動脈形成術(Percutaneous Coronary Intervention:PCI)が普及すると、血栓溶解療法を行わず直接PCIするほうが合併症も少なかった。 本研究では1回静注可能なtenecteplaseと既存のt-PAが比較された。有効性、安全性には大きな差異がなかった。脳梗塞の病態の一部は心筋梗塞と類似する。脳血管疾患の領域が循環器領域の後追いをするのであれば、分子を修飾したt-PAよりカテーテルインターベンションの時代になるのではないだろうか? 今後の急性虚血性脳血管疾患の標準治療の変化に注目したい。

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fazirsiran、進行性肝疾患の原因物質を強力に抑制/NEJM

 α1アンチトリプシン(AAT)欠乏症は、SERPINA1“Z”変異のホモ接合体(プロテイナーゼ阻害因子[PI]ZZ)に起因する。Zアレルは変異型ATT蛋白質(Z-AATと呼ばれる)を生成し、Z-AATは肝細胞に蓄積して進行性の肝疾患や線維症を引き起こす可能性があるという。RNA干渉治療薬fazirsiranは、血清中および肝内のZ-AAT濃度を強力に低下させるとともに、肝内封入体や肝酵素濃度の改善をもたらすことが、ドイツ・アーヘン工科大学病院のPavel Strnad氏らが実施したAROAAT-2002試験で明らかとなった。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2022年6月25日号で報告された。3群でZ-AAT濃度を評価する第II相試験 AROAAT-2002は、ホモ接合型AAT欠乏症による肝疾患の患者におけるfazirsiranの安全性、薬力学および有効性の評価を目的とする多施設共同非盲検第II相試験であり、3ヵ国(オーストリア、ドイツ、英国)の4施設で、2019年12月19日~2020年10月28日の期間に行われた(米国Arrowhead Pharmaceuticalsの助成を受けた)。 対象は、年齢18~75歳、PI ZZ遺伝子型を有し、スクリーニング時の局所病理所見に基づき肝線維化がMetavir病期分類のF1~F3(または他の分類でこれに相当するもの)の患者であった。 16例が3つのコホートに登録された。コホート1はfazirsiran 200mg(4例)、コホート2も同200mg(8例)、コホート1bは同100mg(4例)の投与を受けた。 主要エンドポイントは、肝内Z-AAT濃度のベースラインから24週(コホート1および1b)または48週(コホート2)までの変化とし、液体クロマトグラフィー タンデム質量分析法で測定された。肝内Z-AAT蓄積量が83.3%減少 全体(16例)の平均(±SD)年齢は52±14歳で、14例(88%)が男性であった。コホート1の2例が肝硬変(F4)、コホート1bの1例は線維化なし(F0)だった。 全例で、肝内Z-AATの蓄積量が減少した。平均肝内Z-AAT濃度は、ベースラインの61.25±36.39nmol/gから、24または48週時には9.24±9.57 nmol/gへと低下し、減少率中央値は-83.3%(95%信頼区間[CI]:-89.7~-76.4)であった。 また、血清Z-AAT濃度の最低値(6週時)のベースラインからの減少率は、fazirsiran 200mg群(コホート1、2)が-90±5%、同100mg群(コホート1b)は-87±6%で、52週時の血清Z-AAT濃度の減少率は、200mg群が100mg群よりも、わずかだが大きかった。 ベースラインのPAS-D(ジアスターゼ消化PAS[periodic acid-Schiff]染色)検査では、ほとんどの患者で肝内封入体の増加が認められ、平均スコアは7.4点(0~9点、点数が高いほど封入体が多い)であった。fazirsiran治療により、すべての患者で肝内封入体が減少し、24または48週時には平均スコアが2.3点に低下した(減少率69%)。 肝損傷のバイオマーカーも低下した。平均ALT値は、ベースラインではすべてのコホートが正常上限値(55単位/L)を超えていたが、16週時までにすべてのコホートが正常上限値を下回り、52週まで正常範囲内で推移した。AST値もALT値と同程度に低下した。また、平均γ-グルタミルトランスフェラーゼ値は、8例中4例(50%)がベースラインで正常上限値を超えていたが、52週時にはいずれも正常値となった。 線維化の改善(≧Stage1の低下)は、fazirsiran 200mg群(コホート1、2)の12例中7例(肝硬変の2例を含む)で達成され、同100mg群(コホート1b)の3例では改善は認められなかった。一方、コホート2の2例は48週までに線維化が進行した(いずれもF2からF3へ)が、2例ともPAS-D検査で肝内封入体のスコアが大幅に改善していた(ベースラインのそれぞれ9点と4点から、48週時に2例とも0点に)。 試験や薬剤の中止につながる有害事象は認められなかった。コホート1と2の4例で重篤な有害事象(ウイルス性心筋炎、憩室炎、呼吸困難、前庭神経炎)が発現したが、いずれも回復し、拡大試験でfazirsiran治療を継続した。 著者は、「すべての患者で肝内Z-AAT濃度が低下したにもかかわらず、この変異蛋白質濃度の低下は、治療開始から24または48週時における全例の線維化の退縮には結び付かなかった。最終的に、AAT欠乏症による肝疾患患者の治療目標および臨床的利益は、線維化の予防または退縮と考えられることから、fazirsiranの線維化に対する効果を確認するために、より多くの症例とより長い治療期間のプラセボ対照臨床試験を行う必要がある」としている。

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α1-アンチトリプシン欠乏症〔AATD:α1-antitrypsin deficiency〕

※なお、タイトル「α1-アンチトリプシン欠乏症」の「α1」は「α1」が正しい表記となる。(web上では、一部の異体字などは正確に示すことができないためご理解ください)1 疾患概要■ 定義α1-アンチトリプシン欠乏症(AATD)は、血液中のα1-アンチトリプシン(AAT)の欠乏により肺疾患や肝疾患を生じる常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)性疾患である1)。肺では若年性に肺気腫を生じ、慢性閉塞性肺疾患(COPD)を発症する。気管支拡張症を合併する例もある。肝臓では、新生児期に黄疸や肝機能障害を認める場合があり、成人期には肝硬変・肝不全に移行し、肝細胞がんを発症することがある。欧米では、COPDの1~2%はAATDによるとされる。頻度は少ないが、皮下脂肪織炎や肉芽腫性血管炎を合併することがある。AATDは難病法に基づいて疾病番号231番の指定難病となり、重症度に応じて医療費助成対象疾患となった。■ 疫学ほぼ世界中で報告されているが、ヨーロッパや北米では比較的多い疾患で、約1,600~5,000人出生あたり1人とされている1)。わが国では極めてまれであり、呼吸不全に関する調査研究班と日本呼吸器学会による全国疫学調査では14名(重症9人、軽症5人)の発端者が集積され、有病率は24家系(95%信頼区間:22-27)と推計された2)。■ 病因AATDは、第14染色体長腕(14q32.1)にあるSERPINA1遺伝子の異常により生じる単一遺伝子疾患である。AATは394個のアミノ酸からなる分子量約52kDaの糖タンパク質で、血清蛋白分画のα1-グロブリン分画の約9割を占める(図1)。セリンプロテアーゼインヒビタ-として機能し、生体内で最も重要な標的は好中球エラスターゼである。主に肝臓で産生されて流血中に放出されるが、他に好中球、単球、マクロファージ、肺や腸管の上皮細胞からも産生される。図1 α1-アンチトリプシン欠乏症(Siiyamaホモ接合例)患者の血清蛋白電気泳動画像を拡大する健常者(A)と比べ、AATD(B)ではα1-グロブリン分画が欠損している(矢印)。SERPINA1遺伝子は共優性co-dominantに発現して遺伝様式に寄与する。150種類以上の変異型(バリアント)が報告されており、(a)質的・量的に正常なAATを産生する正常型バリアント、(b)流血中にAATがまったく検出されないnull型バリアント、(c)減少するdeficient型バリアント、あるいは (d)機能が変化してしまうdysfunctional型バリアントなどに分類される。正常型バリアント以外の病的バリアントを両方の対立遺伝子として受け継いでいる個体はAATDを発症するが、片方が正常型バリアントである場合には血清AAT濃度の低下は軽度で、通常は肺疾患や肝疾患の発症リスクとはならず保因者と呼ばれる。AATは、遺伝子変異によるアミノ酸置換により蛋白全体の荷電状態が変化し、等電点電気泳動における泳動位置、すなわち、AATの“表現型”が変化する。泳動位置の違いから、陽極pH4に近い位置からアルファベットの若い“B”、陰極pH5に近いものを“Z”と命名される。中央部は90%以上の遺伝子頻度を占める“M”となる。新規に同定されたSERPINA1バリアントの表現型には、表現型アルファベットに下付の小文字で同定された地名が付される。AATDの原因となるバリアントの多くはdeficient型バリアントであり、欧米ではZ型(Glu342Lys)とS型(Glu264Val)が最も多いのに対し、わが国ではSiiyama型(Ser53Phe)が85%と高頻度に検出される。わが国では遺伝学的に明らかにされたZ型の報告はない。deficient型バリアントでは変異AAT分子の折りたたみ構造が変化し、肝細胞の小胞体内で重合体polymerを形成して蓄積し流血中へ分泌できなくなるため、血清中濃度が低下する。さらに、好中球エラスターゼ阻害活性自体も低下している。 dysfunctional型バリアントは血液中のAAT蛋白量は正常であるが好中球エラスターゼ阻害活性が低下したタイプで、F型(Arg223Cys)が知られている。■ 病態生理1)好中球エラスターゼ阻害活性の低下~喪失によりもたらされる影響血清AAT濃度は通常20~50μMであり、気道被覆液中に拡散し好中球エラスターゼに代表されるセリンプロテアーゼによる組織破壊に対し防御的に働いている。しかし、11μM以下(<50mg/dL)になるとプロテアーゼによる組織破壊を十分防げず肺気腫が進行する(プロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡)。Z型では、血清AAT濃度は約2~10μMと著明に低下している。喫煙は、AAT正常者でもCOPD発症の最大の危険因子であるが、AATDでは喫煙感受性が非常に高く、より若年で肺気腫が進行しCOPDを発症する。一方、MZなど正常型とdeficient型のヘテロ接合型は、その中間の血清AAT濃度(>11μM)を呈するため、COPDを発症するリスクはないとされてきたが、最近の研究ではCOPD発症リスクがあるとする成果も報告されている。2)小胞体内や細胞外での変異AAT重合体の蓄積変異AATは小胞体内で重合体を形成して貯留し、小胞体ストレスとなり細胞を障害する。これが肝障害の主たる要因である。変異AAT重合体は、流血中、肺の気道被覆液中、肺組織などの組織間液中などの細胞外でも検出される。細胞外の変異AAT重合体は炎症を誘起する作用があり、好中球や単球に対する走化性因子や活性化因子として作用し、肺での炎症のみならず、脂肪織炎や血管炎の発症に関与すると考えられている。■ 臨床症状労作時息切れ、咳や痰などの呼吸器症状はもっともよくみられる初発症状であるが、本症に特異的な症状はない。肺疾患の有病率は主に患者の喫煙歴に依存し、喫煙歴のあるAATD患者では70%以上がスパイロメトリーでCOPDの基準を満たすが、非喫煙者では約20~30%程度である。AATDの肺気腫は汎細葉性肺気腫であり、細葉中心性肺気腫の病理像を示すAAT正常者とは異なる。胸部単純X線所見では、AAT正常者のCOPDと異なり下肺野優位に肺気腫を示唆する透過性亢進を認める(図2)。胸部CTでは汎細葉性肺気腫を示唆する広範な低吸収領域を認め、気管支拡張を伴う例もある(図3)。図2 α1-アンチトリプシン欠乏症(Siiyamaホモ接合例)の胸部X線所見画像を拡大する肺野全体の透過性亢進、血管影の減少を認めるが、両側下肺野に著しい。図3 α1-アンチトリプシン欠乏症(Siiyamaホモ接合例)の胸部高分解能CT画像画像を拡大する(A)AAT正常のCOPD症例。細葉中心性肺気腫を示唆する低吸収領域を認める。(B)Siiyamaホモ接合例。汎細葉性肺気腫を示唆する広範な低吸収領域を認める。(C)Siiyamaホモ接合例。汎細葉性肺気腫を示唆する広範な低吸収領域とともに気管支拡張像を認める。■ 経過と予後非喫煙AATD患者ではCOPDの発症は少なく、喫煙AATD患者より生存期間も長い。例えば、非喫煙AATDでCOPDを発症した症例の死亡年齢の中央値は65歳であるのに対し、喫煙AATDでCOPDを発症した症例は40歳と報告されている。さらに、PI*ZZ(Z型バリアントのホモ接合)のAATDの非喫者で無症状の場合は、ほぼ正常の寿命が期待できる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ どのような状況でAATDを疑い、血清AAT濃度を測定するか?AATDを疑って血清AAT濃度(ネフェロメトリー法)を測定する事が何よりも重要である 3,4)。従来から、一般的COPDとはやや異なる臨床像(若年者、非喫煙者、喫煙歴があったとしても軽度、COPDの家族歴など)を示すCOPD患者などでは血清AAT濃度を測定するべき3)とされてきた(表 ATR/ERSステートメント)。しかし、有病率の高いヨーロッパや北米でさえ、今だにAATDのunderdiagnosis状況が持続しており、2016年の成人AATD患者の管理・治療ガイドライン4)やGOLD 2022レポートでは、「すべてのCOPD患者には、年齢、人種を問わず、AATDの診断テストを行うべきである」と述べている(表)。表 どのようなときにAATDを疑い、診断のための検査を考慮するべきか?画像を拡大する■ 診断基準AATDは、血清AAT濃度<90mg/dL(ネフェロメトリー法)と定義され、AAT欠乏の程度は、軽症(血清AAT濃度50~90mg/dL)あるいは重症(<50mg/dL)の2つに分類される5)。AATは急性相反応蛋白質であるため感染症などの炎症性疾患では増加すること、一方、肝硬変、ネフローゼ症候群、タンパク漏出性胃腸症などの他の原因でも減少しうるので、診断に際してはこれらの病態を除外する必要がある。指定難病では、重症度2以上が医療費助成の対象となる。重症度の評価方法については難病情報センターを参照されたい。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 予防を含めた全般的考え方肺疾患の予防には、喫煙しない、受動喫煙も含めて有害粒子の吸入曝露を避けること、が大切である。AATD患者では、定期的にスパイロメトリーあるいは胸部CTを行い、肺疾患の発症あるいは進行をモニタリングする。COPDを発症している場合には、COPDの治療と管理のガイドラインに準じて治療を行う。呼吸不全に至った症例では肺移植の適応となる。肝疾患発症の危険因子についてはよくわかっていないが、肥満は肝疾患のリスクを高め、男性は女性よりリスクが高い。AATD患者では肝炎ウイルス(HAV、HBV)のワクチン接種、アルコールを摂取しすぎない、健康的な食事を心がけることが推奨されている。AATD患者では、年1回程度の採血による肝機能のモニタリング、腹部超音波検査による肝がんのスクリーニングを適宜行う。■ AAT補充療法(augmentation therapy)病因・病態に則した治療としてAAT補充療法がある。ヒトのプール血漿から精製されたAAT製剤を週1回点滴静注(60mg/kg)する治療であり、CT画像における気腫病変の進行を遅らせる効果、死亡率を低下させる効果が報告されている。わが国では4名の重症AAT患者が参加した治験が実施され6)。欧米人で示されている安全性と薬物動態、すなわち、AAT(60mg/kg)を週1回点滴静注することにより、肺胞破壊に対し防御的な血清AAT濃度>11μM(>50mg/dL)を維持できることが示された。その結果、ヒトα1-プロテイナーゼインヒビター(商品名:リンスパッド)点滴静注用1,000mg(凍結乾燥製剤)(海外商品名:Prolastin-C)として2021年7月に上市された。ヒトα1-プロテイナーゼインヒビターは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や気流閉塞を伴う肺気腫などの肺疾患を呈し、かつ、重症AATDと診断された患者[血清AAT濃度<50mg/dL(ネフェロメトリー法で測定)]に投与する。ヒトα1-プロテイナーゼインヒビター1,000mgを添付溶解液20mLで溶解し、ヒトAATとして60mg/kgを週1回、患者の様子を観察しながら約0.08mL/kg/分を超えない速度で点滴静注する。最後に、ルート内のAATすべてが患者に投与されるよう生理食塩液25mLに換えて同じ速度で点滴して終了する。体重60kgの成人では、全体で約20分以上を要する。AAT補充療法を開始するタイミングについて明確な基準はない。週1回の点滴静注を非常に長期にわたって継続する必要があるが、数十年以上にわたって投与し続けると想定した場合、長期投与における有害事象のリスクに関する情報は乏しい。成人AATDの治療と管理のガイドラインでは、FEV1<65%predの症例では、患者の意向を確認した上でAAT補充療法を検討するとされている3,4)。肝障害に対する特異的治療はなく、栄養指導、門脈圧亢進症の管理などの支持療法が主体である。門脈圧亢進症がある場合には、出血のリスクがあるためNSAIDsの投与は避ける。重症の肝不全では肝移植が適応となる。4 今後の展望患者細胞からiPS細胞を樹立し、肝細胞に分化させた後にゲノム編集で病的バリアントを正常バリアントに換えて患者に移植する研究、siRNAによる肝細胞でのSERPINA1発現のサイレンシング、異常AATのポリマー形成を阻害する薬剤などの試みがある。近年、AATDの正確な実態把握と治療効果の追跡を継続的に行い、長期的な管理戦略を構築することを目的に、欧州では多国間にわたる臨床研究協力の取り組みが始まっている。わが国においては、呼吸器財団、日本呼吸器学会、厚生労働省難治性疾患政策研究事業、難病プラットホームの4者の支援を受け、本症を含めた希少肺疾患を対象としたレジストリ(登録制度)が開設されている。希少肺疾患登録制度5 主たる診療科主たる診療科は呼吸器内科となる。肝疾患については消化器内科、脂肪織炎や肉芽腫性血管炎では皮膚科および関連する診療科と連携する必要がある。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター α1-アンチトリプシン欠乏症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)Alpha-1 Foundation 米国の患者団体ホームぺージ(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)希少肺疾患登録制度(医療従事者向けのレジストリ情報サイト)1)Greene CM, et al. Nat Rev Dis Primers. 2016;2:16051. 2)Seyama K, et al. Respir Investig. 2016;54:201-206. 3)American Thoracic Society;European Respiratory Society. Am J Respir Crit Care Med. 2003;168:818-900. 4)Sandhaus RA, et al. Chronic Obstr Pulm Dis. 2016;3:668-682.5)佐藤晋ほか、難治性呼吸器疾患・肺高血圧に関する調査研究班.α1-アンチトリプシン欠乏症診療の手引き2021 第2版. 2021.6)Seyama K, et al. Respir Investig. 2019;57:89-96. 公開履歴初回2022年5月12日

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ウェーバー・クリスチャン病〔WCD:Weber-Christian disease〕

1 疾患概要■ 概念・定義WeberおよびChristianにより、再発性、非化膿性、有熱性の急性脂肪織炎として、今から90年ほど前に提唱されたまれな疾患で、女性に多い。他にも、“relapsing febrile nonsuppurative nodular panniculitis”という同義語がある。しかし、その後検査法が進歩し、以前ウェーバー・クリスチャン病として診断された中には悪性リンパ腫や深在性エリテマトーデス、α1-アンチトリプシン欠損症による脂肪織炎などを数多く含んでいたことが徐々に明らかになってくるにつれ、次第にこの病名は使われなくなってきている。1988年、Whiteらは、ウェーバー・クリスチャン病として報告された過去の報告30例を詳細に検討し、12例は結節性紅斑、6例は血栓性静脈炎で、他には外傷性脂肪織炎、細胞貪食組織球性脂肪織炎、皮下脂肪織炎様リンパ腫、白血病の皮下浸潤であったとしている1)。また、別の総説でも、かつてウェーバー・クリスチャン病として報告された疾患の多くは、バザン硬結性紅斑や膵疾患に伴う脂肪織炎であったとしている2)。いまだにこの病名での報告が散見されるが、その理由の1つに、安易にこの病名を使ってしまうことが挙げられる。さまざまな原因で起こる症候群と理解されるので、現在では「いわゆるウェーバー・クリスチャン病」とし、本症を独立疾患とみなさない立場の方が多い。■ 疫学上記の理由から明確な患者数などは統計的にとられておらず不明である。■ 病因現在も不明である。■ 症状元々の概念によると、全身症状を伴い、四肢、体幹に皮下結節や板状の硬結を多発性に呈し、皮膚表面の発赤、熱感、圧痛を伴うこともあり、時に潰瘍化する。再発を繰り返した結果、色素沈着や萎縮性の陥凹を残して瘢痕治癒する。■ 予後原因となる疾患により予後はわかれる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 検査・診断末梢血中の炎症反応の上昇がみられるが、特異的なものはない。病理組織像は、非特異的な脂肪織炎、とくに急性期は脂肪小葉性脂肪織炎(lobular panniculitis)で、時間の経過とともに組織球、泡沫細胞が出現し、脂肪肉芽腫の像を呈し、その後線維化もみられる。血管炎を伴わない。■ 鑑別診断1)皮下脂肪織炎様T細胞性リンパ腫下肢に好発し、結節性紅斑に似た臨床像(表面は発赤を伴う皮下硬結)を呈する。組織像は皮下脂肪織にCD8陽性T細胞が脂肪細胞を取り囲むように浸潤し(rimming)、核破砕物を貪食したマクロファージ(bean-bag cell)を認める。また、出血傾向や汎血球減少、肝脾腫などを伴う致死的なウェーバー・クリスチャン病は、“cytophagic histiocytic panniculitis”として報告されたが3)、その大部分は現在、皮下脂肪織炎様T細胞性リンパ腫であると考えられている。2)深在性エリテマトーデス皮下脂肪織を炎症の主座とし、脂肪融解により臨床的に陥凹を来す。組織は、皮下脂肪織にリンパ球、組織球の浸潤、細小血管の閉塞、間質へのムチン沈着、晩期には石灰化もみられる。3)結節性紅斑下肢に好発する皮下硬結で、生検の時期によって組織像が異なる。晩期は脂肪肉芽腫もみられる。他にも、スウィート病、ベーチェット病、膵疾患、薬剤性のものなどを除外する必要がある。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)抗生剤内服は無効で、副腎皮質ステロイドの内服を主体に、反応が乏しい場合はステロイドパルスや免疫抑制剤なども考慮する。悪性リンパ腫に対しては化学療法を施行する。4 今後の展望ウェーバー・クリスチャン病という病名を使う際には上述のことを良く理解し、他疾患を確実に除外することを忘れてはならない。「いわゆるウェーバー・クリスチャン病」という診断名に満足せず、その原因をさらに特異的に探究していく姿勢を怠ってはならない。5 主たる診療科皮膚科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報厚生労働省難治性疾患克服事業「皮膚の遺伝関連性希少難治性疾患群の網羅的研究班」(医療従事者向けのまとまった情報)1)White JW, et al. J Am Acad Dermatol. 1998;39:56-62.2)Requena L, et al. J Am Acad Dermatol. 2001;45:325-361.3)Winkelmann RK, et al. Arch Intern Med. 1980;140:1460-1463.公開履歴初回2022年3月4日

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乳児・遅発型のポンペ病の標準治療となるか?/サノフィ

 サノフィ株式会社は、ポンペ病治療剤アバルグルコシダーゼアルファ(遺伝子組換え)(商品名:ネクスビアザイム)点滴静注用100mgを、11月26日に発売した。 アバルグルコシダーゼアルファは、ポンペ病(糖原病II型)において、乳児型ポンペ病(IOPD)および遅発型ポンペ病(LOPD)の新たな標準治療となる可能性がある。世界で5万人の患者が推定されているポンペ病 ポンペ病は進行性の筋疾患で、運動機能や呼吸機能の低下を来す希少疾患。ライソゾーム酵素の1つである酸性α-グルコシダーゼ(GAA)の遺伝子の異常によりGAA活性の低下または欠損が原因で生じる疾患で、複合多糖(グリコーゲン)が全身の筋肉内に蓄積する。このグリコーゲンの蓄積が、不可逆的な筋損傷を引き起こし、肺を支える横隔膜などの呼吸筋や、運動機能に必要な骨格筋に影響を及ぼす。世界でのポンペ病の患者数は5万人と推定されて、わが国では、指定難病研究班により実施された全国疫学調査において、患者数は134人と報告されている。 ネクスビアザイムは、筋細胞の中にあるライソゾームにGAAを送り届け、グリコーゲンの分解を促すことで、本症がもたらす重大な症状である呼吸機能、筋力・身体機能(運動能力など)を標準治療薬であるマイオザイム(アルグルコシダーゼアルファ)よりも改善させる目的で開発された。 わが国では2020年11月27日に希少疾病用医薬品に指定され、米国食品医薬品局は、2021年8月に承認、英国の医薬品・医療製品規制庁は、本剤を有望な革新的医薬品に指定している。 2021年9月のわが国での製造販売承認取得では、ピボタル第III相二重盲検比較試験のCOMET試験と第II相Mini-COMET試験の肯定的な結果が審査された。前者では、遅発型ポンペ病の患者を対象としてネクスビアザイムの安全性と有効性を標準治療薬であるアルグルコシダーゼアルファとの比較で検討した。後者では、アルグルコシダーゼアルファの投与経験のある乳児型ポンペ病患者を対象にネクスビアザイムの安全性を主に評価するとともに、探索的に有効性の評価を行った。 その結果、前者の試験では、アルグルコシダーゼアルファに比べネクスビアザイムは、第49週時点における努力肺活量(%FVC)が2.4ポイント改善し、主要評価項目である非劣性が示された(p=0.0074;95%CI,-0.13,4.99)。 また、後者の試験では、6ヵ月時点では、アルグルコシダーゼアルファの治療時に悪化または効果不良がみられた患者において、有効性の評価項目である粗大運動能力尺度-88、簡易運動機能検査、ポンペPaediatric Evaluation of Disability Inventory、左室心筋重量のZスコアおよび眼瞼の位置に改善または安定化がみられた。 いずれの試験でも重篤または重度の治療と関連する有害事象は認められなかった。アバルグルコシダーゼアルファの概要一般名:アバルグルコシダーゼアルファ(遺伝子組換え)販売名:ネクスビアザイム点滴静注用100mg効能または効果:ポンペ病用法および用量:通常、アバルグルコシダーゼアルファ(遺伝子組換え)として、遅発型の患者には1回体重1kgあたり20mgを、乳児型の患者には1回体重1kgあたり40mgを隔週点滴静脈内投与する。国内製造販売承認取得日:2021年9月27日薬価収載日:2021年11月25日発売日:2021年11月26日製造販売会社:サノフィ株式会社

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ポンぺ病の新治療薬が製造販売承認を取得/サノフィ

 サノフィ株式会社は、2021年9月27日にポンペ病の効能または効果でアバルグルコシダーゼアルファ(商品名:ネクスビアザイム点滴静注用100mg)が製造販売承認を取得したと発表した。同社では、ポンペ病(糖原病II型)において、乳児型ポンペ病および遅発型ポンペ病の新たな標準治療となる可能性に期待を寄せている。ポンペ病は呼吸や運動機能に影響を及ぼす遺伝性の難病 ポンペ病は、ライソゾーム酵素の1つである酸性α-グルコシダーゼ(GAA)の遺伝子の異常によりGAA活性の低下または欠損が原因で生じる疾患で、複合多糖(グリコーゲン)が全身の筋肉内に蓄積する。このグリコーゲンの蓄積が、不可逆的な筋損傷を引き起こし、肺を支える横隔膜などの呼吸筋や、運動機能に必要な骨格筋に影響を及ぼすことで運動機能や呼吸機能の低下をもたらす希少疾患。世界でのポンペ病の患者数は5万人と推定され、乳児期から成人後期のいずれの時期においても発症する可能性がある。ポンぺ病の新治療薬ネクスビアザイムは歩行距離を延長 ポンぺ病の新治療薬となるネクスビアザイムは、筋細胞の中にあるライソゾームにGAAを送り届けてグリコーゲンの分解を促すことで、ポンペ病がもたらす重大な症状である呼吸機能、筋力・身体機能(運動能力など)をアルグルコシダーゼアルファよりも改善させる目的で開発された。ポンペ病で生じるグリコーゲン蓄積を低下させるためには、筋細胞の中にあるライソゾームにGAAを送り届ける必要がある。そのため筋細胞内のライソゾームにGAAを送り届ける効率を高めるための手段として、GAAの輸送に大きな役割を果たすマンノース6リン酸(M6P)受容体を標的とする研究が行われ、ネクスビアザイムが開発された。ネクスビアザイムは、アルグルコシダーゼアルファと比較してM6Pレベルを約15倍増加させた分子として設計され、細胞内への酵素の取り込みを向上、標的組織において高いグリコーゲン除去効果を得る目的で開発された。 今回の承認では、2つの臨床試験で得られた肯定的な結果に基づき行われ、ピボタル第III相二重盲検比較試験である「COMET試験」では、遅発型ポンペ病の患者を対象としてネクスビアザイムの安全性と有効性を標準治療薬であるアルグルコシダーゼアルファと比較した。また、第II相Mini-COMET試験では、アルグルコシダーゼアルファの投与経験のある乳児型ポンペ病患者を対象にネクスビアザイムの安全性を主に評価するとともに、探索的に有効性の評価を行った。 その結果、COMET試験では、ネクスビアザイムが、アルグルコシダーゼアルファに比べ、第49週時点における努力肺活量(%FVC)が2.4ポイント改善し、主要評価項目である非劣性が示された。また、6分間歩行試験では、ネクスビアザイム投与群は、標準治療薬であるアルグルコシダーゼアルファ群に比べ、歩行距離が30m延長した。一方、重篤な副作用については、ネクスビアザイム投与群に高頻度、頭痛、そう痒(かゆみ)、悪心、蕁麻疹と疲労が認められた。 なお、ネクスビアザイムは、日本では2020年11月27日に希少疾病用医薬品に指定され、米国食品医薬品局は2021年8月に承認したほか、英国の医薬品・医療製品規制庁はネクスビアザイムを有望な革新的医薬品に指定している。

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重症急性膵炎〔Severe acute pancreatitis〕

1 疾患概要■ 概念急性膵炎は、膵内で病的に活性化された膵酵素が膵を自己消化する膵の急性炎症である。炎症が膵内にとどまって数日で軽快する軽症例が多いが、一部は炎症が全身に波及して、多臓器障害や血液凝固障害を引き起こす重症急性膵炎となる。急性膵炎から慢性膵炎への移行は10%前後であり、多くの急性膵炎は可逆性で膵に後遺障害は残さない。■ 疫学急性膵炎の2016年における発症頻度は10万人当たり61.8人で、増加傾向にある。男女比は2:1で、発症時の平均年齢は男性で59.9歳、女性で66.5歳である。重症度は、軽症が76.4%、重症が23.6%となる。重症急性膵炎発症時の平均年齢は63.1歳で、男性で60.2歳、女性で69.4歳である。■ 発症機序・成因食べ物を消化する膵酵素は、膵腺房細胞で生成され、食間では消化機能のない不活性型として蓄えられている。摂食により膵酵素の中のトリプシノーゲンが膵管を介して十二指腸内に放出され、エンテロキナーゼの作用により活性型であるトリプシンに転換され、食物を消化する。この膵酵素の活性化が種々の病的要因により膵内で起こり、膵が自己消化されるのが急性膵炎である。膵内外での炎症反応はサイトカインカスケードを活性化し、高サイトカイン血症によるSIRS(systemic inflammatory response syndrome)を来す。重症例では高度のSIRS反応の結果、炎症メディエーターによる血管内皮細胞の障害から全身末梢血管の透過性が亢進し、組織浮腫と血管内脱水を来す。そして、臓器還流障害から肺や腎臓などの臓器障害が起こり、さらに免疫系や凝固系の障害や播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation:DIC)を合併する。また、高度の血管内脱水にともなって全身の末梢血管に血管攣縮を来たし虚血状態を生じ、膵では膵壊死が起こる。発症後期には、膵および膵周囲の壊死部に感染を生じ死亡に至る例がみられる。感染を起こすのは大腸菌などの腸管由来の細菌がほとんどである。健常人では、腸内細菌に対するバリアを備えているが、急性膵炎では腸管壁の透過性が亢進し細菌毒素が腸管粘膜を通過して腸管外へ移行するbacterial transformationが引き起こされる。さらに、全身免疫機能低下が加わり感染を惹起させる。アルコール性と胆石性が2大成因であり、成因が特定できない特発性がそれに次ぐ。男性ではアルコール性(43%)が多く、発症年齢は40~50歳代が多い。女性では胆石性(38%)が多く、発症は60歳以上の高齢者が多くなっている。その他の成因としては、膵腫瘍、手術、内視鏡的膵胆管造影(ERCP)、高脂血症、膵管形成異常、薬剤性などがある。重症急性膵炎の成因は、アルコール性(35%)、胆石性(30%)、特発性(19%)の順である。■ 症状急性膵炎では、ほとんどの例で上腹部を中心とした強い腹痛と圧痛を認める。その他には、嘔気・嘔吐、背部への放散痛、食思不振、発熱などもしばしば認められる。重症急性膵炎では、ショック、呼吸不全、乏尿、脳神経症状、腹部膨隆(イレウス、腹水)、SIRS(高・低体温、頻脈、頻呼吸)などの重要臓器機能不全兆候がみられる。■ 予後2016年の全国調査における急性膵炎患者の死亡率は1.8%であり、軽症例で0.5%、重症例で6.1%であった。重症急性膵炎の死亡率は2011年の調査時の10.1%より約4割減少した。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)急性膵炎の診断は、上腹部痛と圧痛、膵酵素の上昇、および膵の画像所見のうち2項目を満たし、他の膵疾患や急性腹症を除外する診断基準によって行われる(表1)。急性膵炎診療ガイドライン2015に記載されている臨床指標のPancreatitis Bundles 2015(表2)と診療のフローシート(図1)にそって、診断と治療を行う。重症急性膵炎は死亡率が高いので重症例を早期に検出する目的で、急性膵炎診断後、直ちに重症度判定を行い、経時的に重症度判定を繰り返す必要がある。急性膵炎の重症度判定基準(表3)は、9つの予後因子と造影CTによる造影CT Gradeからなり、各1点の予後因子の合計が3点以上か、造影CT Gradeが2以上の場合重症と診断される(図2~4)。それぞれ単独で重症と診断される例より、両者の組み合わせで重症となる例では死亡率が高い。急性膵炎は病理学的には、浮腫性膵炎、出血性膵炎と壊死性膵炎に分類されるが、臨床的には膵および膵周囲の病変は改訂アトランタ分類によって分類される(表4、図5)。発症4週間を経過すると炎症により障害された組織を取り囲む組織の器質化が進み、4週以降は壊死を伴わない液体貯留は仮性嚢胞となるが、壊死を伴う場合には内部に壊死を含む被包化壊死となりWON (wall-off necrosis)と呼ばれる。表1 急性膵炎の診断基準(厚生労働省難治性膵疾患に関する調査研究班)1.上腹部に急性腹痛発作と圧痛がある2.血中または尿中に膵酵素の上昇がある3.超音波、CTまたはMRIで膵に急性膵炎に伴う異常所見がある上記3項目中2項目以上を満たし、他の膵疾患および急性腹症を除外したものを急性膵炎と診断する。 ただし、慢性膵炎の急性増悪は急性膵炎に含める。注:膵酵素は膵特異性の高いもの(膵アミラーゼ、リパーゼなど)を測定することが望ましい表2 Pancreatitis Bundles 20151.急性膵炎診断時、診断から24時間以内、および、24~48時間の各々の時間帯で、厚生労働省重症度判定基準の予後因子スコアを用いて重症度を繰り返し評価する。2.重症急性膵炎では、診断後3時間以内に、適切な施設への転送を検討する。3.急性膵炎では、診断後3時間以内に、病歴、血液検査、画像検査などにより、膵炎の成因を鑑別する。4.胆石性膵炎のうち、胆管炎合併例、黄疸の出現または増悪などの胆道通過障害の遷延を疑う症例には、早期のERCP+ESの施行を検討する。5.重症急性膵炎の治療を行う施設では、造影可能な重症急性膵炎症例では、初療後3時間以内に、造影CTを行い、膵造影不良域や病変の拡がりなどを検討し、CT Gradeによる重症度判定を行う。6.急性膵炎では、発症後48時間以内は十分な輸液とモニタリングを行い、平均血圧*65mmHg以上、尿量0.5mL/kg/h以上を維持する。7.急性膵炎では、疼痛のコントロールを行う。8.重症急性膵炎では、発症後72時間以内に広域スペクトラムの抗菌薬の予防的投与の可否を検討する。9.腸蠕動がなくても診断後48時間以内に経腸栄養(経空腸が望ましい)を少量から開始する。10.胆石性膵炎で胆嚢結石を有する場合には、膵炎沈静化後、胆嚢摘出術を行う。*:平均血圧=拡張期血圧+(収縮期血圧-拡張期血圧)/3図1 急性膵炎の基本的診療方針画像を拡大する表3 急性膵炎の重症判定基準(厚生労働省難治性疾患に関する調査研究班 2008年)画像を拡大する図2 浮腫性膵炎(矢印)のCT所見画像を拡大する図3 造影CT所見における膵造影不良域(矢印)画像を拡大する図4 重症急性膵炎の造影CT所見。腎下極以遠まで炎症の進展を認める画像を拡大する表4 急性膵炎に伴う膵および膵周囲病変の分類(改訂アトランタ分類)画像を拡大する図5 重症急性膵炎の造影CT所見。薄壁被膜で被包化された左側腹部広範に広がる液貯留腔画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 輸液急性膵炎と診断したら入院治療を行い、意識状態・体温・脈拍数・血圧・尿量・呼吸数・酸素飽和度などをモニタリングする。膵外分泌刺激を回避するために絶食とし、初期輸液と十分な除痛を行う。急性膵炎では発症初期より血管内脱水を起こすので、乳酸リンゲル液などの細胞外液による十分な輸液を行う。ショックまたは脱水状態の患者には、短時間の急速輸液(150~600mL/時間)を行うが、過剰輸液にならないように十分に注意する。脱水状態でない患者には、130~150mL/時間の輸液をしながらモニタリングを行う。平均動脈圧(拡張期血圧+(収縮期血圧―拡張期血圧)/3)が65mmHg以上と尿量0.5 mL/kg/時間以上が確保されたら、急速輸液を終了し輸液速度を下げる。■ 薬物療法急性膵炎の疼痛は激しく持続的であり、非麻薬性鎮痛薬であるブプレノルフィン(商品名:レペタン)などにより十分にコントロールする。軽症例では予防的抗菌薬は必要ないが、重症例や壊死性膵炎では発症後72時間以内に予防的に抗菌剤を投与することが推奨されている。ガベキサートメシル酸塩などの蛋白分解酵素阻害薬の経静脈的投与による生命予後や合併症発生に対する明らかな改善効果は証明されていない。■ 栄養療法経腸栄養を行うことは腸管からのbacterial transformationを減少させるので、感染予防策として腸管合併症のない重症例では入院後48時間以内に開始することが望ましい。原則としてTreitz靭帯を超えて空腸まで挿入した経腸栄養チューブを用いることが推奨されるが、空腸に経腸栄養チューブが挿入できない場合は十二指腸内や胃内に栄養剤を投与しても良い。腹痛の消失、血中膵酵素値などを指標として経口摂取の開始時期を決める。■ Abdominal compartment syndrome(ACS)の診断と対処腹腔内圧(intra-abdominal pressure:IAP)が12mmHg以上をIAH(intra-abdominal hypertension)、腹腔内圧が20mmHg以上かつ新たな臓器障害/臓器不全が発生した場合をACS(abdominal compartment syndrome)と診断する。重症急性膵炎の4~6%にACSが発症する。通常膀胱内圧で測定するIAP 12mmHg以上が持続または反復する場合は、内科的治療(消化管内減圧、腹腔内減圧、腹壁コンプライアンス改善、適正輸液と循環管理)を開始して、IAP 15mmHg以下を管理目標とする。IAP>20mmHgかつ新規臓器障害を合併した患者に対して、内科的治療が無効である場合のみ外科的減圧術を考慮する。■ 特殊治療十分な食輸液にもかかわらず、循環動態が安定せず、利尿が得られない重症例やACS合併例に対しては持続的血液濾過(continuous hemofiltration:CHF)/持続的血液濾過透析(continuous hemodiafiltration:CHDF)を導入すべきである。しかし、上記以外の重症急性膵炎にルチーンに使用することは推奨されない。膵の支配動脈から動注することにより、膵の炎症の鎮静化や進展防止および感染予防を目的とする蛋白分解酵素阻害薬・抗菌薬膵局所動注療法は、重症急性膵炎または急性壊死性膵炎の膵感染低下、死亡率低下において有効性を示す報告があるが有用性は確立していない。動注療法は保険適応がないため臨床研究として実施することが望ましい。動注療法の真の有効性と安全性を検証するより質の高いランダム化比較試験(RCT)が必要である。■ 胆石性性膵炎における胆道結石に対する治療急性胆石性膵炎のうち、胆管炎合併例や胆道通貨障害の遷延を疑う症例では、早期にERCP/内視鏡的乳頭切開術(endoscopic sphincterotomy:ES)を施行すべきである(図6)。しかし、上記に該当しない症例に対する早期のERCP/ES施行の有用性は否定的である。急性胆石性膵炎の再発予防のため、手術可能な症例では膵炎鎮静化後速やかに、胆嚢摘出術の施行が推奨される。図6 胆石性膵炎の診療方針画像を拡大する■ 膵局所合併症に対するインターベンション治療壊死性膵炎では保全的治療が原則であるが、感染性膵壊死ではドレナージかネクロセクトミーのインターベンション治療を行う。できれば発症4週以降の壊死巣が十分に被包化されたWONの時期に、経皮的(後腹膜経路)もしくは内視鏡的経消化管的ドレナージをまず行い(図7)、改善が得られない場合は内視鏡的または後腹膜的アプローチによるネクロセクトミーを行う。図7 単純X線所見。被包化壊死(WON)と胃内にダブルピッグテイルプラスチックステントを留置画像を拡大する4 今後の展望遅滞ない初期輸液や経腸栄養などの重症化阻止や感染予防のための方策を講じた急性膵炎診療ガイドラインの普及により、急性膵炎特に重症急性膵炎の死亡率は大きく低下した。今後、急性膵炎発症や重症化の機序のさらなる解明、ガイドラインのさらなる普及、後期合併症対策の改良などが期待される。5 主たる診療科消化器内科、消化器外科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。1)Masamune A, et al. Pancreatology. 2020;20:629-636.2)武田和憲、他. 厚生労働科学研究補助金難治性疾患国副事業難治性膵疾患に関する調査研究、平成17年度総括・分担研究報告書. 2006;27-34.3)急性膵炎診療ガイドライン2015(第4版)、金原出版.2015.4)Banks PA, et al. Gut. 2013;62:102-111.公開履歴初回2021年02月11日

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第27回 日本のCOVID-19死亡率が低いのはα1-アンチトリプシンのおかげ?

日本、中国、韓国、タイ、ベトナム、カンボジア、マレーシア等のアジアの国で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死亡率が比較的低いことに関心が集まっていますが、理由はいまだ不明です。サハラ以南アフリカのいくつかの国でCOVID-19発症やその死亡率が低いことも注目に値します。おそらくその背景にはSARS-CoV-2の検査が広まっていないことや海外からの入国者が少ないことがあるでしょうが、それぞれの国に特有の遺伝的特徴も寄与しているかもしれません。SARS-CoV-2はヒト細胞のセリンプロテアーゼTMPRSS2の助けを借りて別の細胞表面タンパク質ACE2に結合して細胞に侵入します。セリンプロテアーゼ阻害薬・ナファモスタットやカモスタットはTMPRSS2を阻害することが分かっており、COVID-19患者へのそれら薬剤の臨床試験が進行中です。ヒトの血液中の主なセリンプロテアーゼ阻害タンパク質・α1-アンチトリプシン(AAT)もナファモスタットやカモスタットと同様にTMPRSS2を阻害することが最近の研究で確認されています1)。遺伝子変異のせいでAATが乏しい人が多いイタリアのロンバルディ地域ではCOVID-19感染率が高く2)、AAT欠乏の人の割合とCOVID-19感染率が関連するのではないかと考えられています。そこでイスラエルのテルアビブ大学の研究者3人は67ヵ国のデータを使い、AAT欠乏を招く一般的な遺伝子変異とCOVID-19流行の関連を世界規模で調べてみました。その結果イタリアでの疫学データと同様の傾向があり、AAT欠乏変異保有者が多い国ほどCOVID-19死亡率が高く、逆に少ない国ほどCOVID-19死亡率が低い事が示されました3,4)。たとえばスペインはCOVID-19死亡率が高く、100万人あたり640人がCOVID-19で死亡しており、1,000人あたり17人がPiZという主たるAAT欠乏変異を有していました。イタリアも同様で、100万人あたり620人がCOVID-19で死亡し、1,000人あたり13人に変異がありました。一方、COVID-19死亡率が世界で最も低い国々の一つ日本のPiZ変異保有は無視できるほど少なく、COVID-19死亡率はスペインの71分の1の100万人あたり9人です。興味深いことに、日本でCOVID-19が少ないことやCOVID-19重症化阻止との関連が示唆されているBCGワクチン接種は血中のAATを増やします5)。AATは抗ウイルス作用に加えて抗炎症作用もあります。副腎皮質ステロイド(コルチコステロイド)・デキサメタゾンはCOVID-19入院患者の死亡を防ぐことが示されていますが、AATの抗炎症作用はどうやら副腎皮質ステロイドの上を行きます6)。AATが生理濃度でヒト気道上皮へのSARS-CoV-2感染を阻害することも確認されており7)、COVID-19患者への吸入AAT投与の臨床試験(NCT04385836)8)がサウジアラビアで進行中です。参考1)Alpha 1 Antitrypsin is an Inhibitor of the SARS-CoV2-Priming Protease TMPRSS2. bioRxiv. May 05, 20202)Vianello A,et al. Arch Bronconeumol. 2020 Sep;56:609-610. 3)Shapira G, et al. FASEB J. 2020 Sep 22.4)Carriers of two genetic mutations at greater risk for illness and death from COVID-19 / Eurekalert 5)Cirovic B, et al. ell Host Microbe. 2020 Aug 12;28:322-334.e5. [Epub ahead of print]6)Schuster R,et al. Cell Immunol. 2020 Oct;356:104177.7)Alpha-1 antitrypsin inhibits SARS-CoV-2 infection. bioRxiv. July 02, 2020. 8)Trial of Alpha One Antitrypsin Inhalation in Treating Patient With Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 (SARS-CoV-2)(ClinicalTrials.gov)

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開発中の遅発型ポンペ病治療薬の有効性/サノフィ

 サノフィ株式会社は、6月16日、酵素補充療法剤として現在開発中のavalglucosidase alfa(以下「本剤」という)が、遅発型ポンペ病の患者の臨床症状(呼吸障害と運動性の低下)に対し臨床上意義ある改善をもたらしたと報告した。世界には推定5万人の患者がいるポンペ病 ポンペ病は、ライソゾーム酵素の1つである酸性α-グリコシダーゼ(GAA)の遺伝子欠損または活性低下が原因で生じる疾患。グリコーゲンが近位筋肉や横隔膜をはじめとする筋肉内に蓄積し、進行性の不可逆的な筋疾患が生じる。世界の患者数は約5万人と推定され、乳児期から成人後期のいずれの時期にも発症する可能性がある。 本症は、遅発型と乳児型に分類され、遅発型では1歳以降から成人後期までのいずれかの時期に発症する。遅発型の特徴的な症状は、呼吸機能の低下と筋力低下で、多くの場合、運動機能の低下に至る。患者は、歩行が困難となり、車椅子での生活を余儀なくされることが多く、呼吸困難が現れ人工呼吸器が必要となることもあり、主な死因は呼吸不全となっている。乳児型は生後1年以内に発症し、骨格筋の筋力低下に加え、心機能障害がみられる。 COMET試験の概要 今回報告されたCOMET試験は、無作為化二重盲検第III相試験で、20ヵ国56施設において治療経験のない遅発型ポンペ病の小児患者または成人患者100例が対象。患者を無作為化し、本剤群またはアルグルコシダーゼアルファ(標準治療薬)群に割り付け、いずれの群とも49週間にわたり1回20mg/kgの点滴静脈内投与を隔週で受ける。49週間後、非盲検の継続投与を行い、標準治療群については本剤20mg/kgによる治療に切り替える。 主要評価項目は、呼吸筋機能の変化で、立位での予測値に対する比率をパーセントで表した努力性肺活量(%FVC)に基づき評価した。本剤群の患者は、アルファグリコシダーゼの標準治療群の患者に比べ、%FVCが2.4ポイント改善し(95%信頼区間[CI]:-0.13/4.99)、試験計画で規定した非劣性の基準を上回る呼吸機能の改善を示した(p=0.0074)。ただ、主要評価項目の優越性については、本剤群は統計学的に有意な優越性を示すには至らなかった(p=0.0626)ため、試験計画で定めた解析の実施順序に従い、副次評価項目に関する正式な統計学的検討は行わなかった。主な副次評価項目は、6分間歩行試験による運動性の評価、呼吸筋力、運動機能と生活の質(QOL)を評価など。 本剤の安全性プロファイルは標準治療薬と同様で、49週間の二重盲検試験の期間中、本剤群44例、標準治療群45例に有害事象が現れた。重度の有害事象は、本剤群6例、標準治療群7例。重篤な有害事象が現れた患者数は、本剤群(8例、うち1例は投与との因果関係が否定できない重篤な有害事象)の方が標準治療群(12例、うち3例は投与との因果関係が否定できない重篤な有害事象)より少数だった。標準治療群では、4例が有害事象のため投与中止に至り、1例は急性心筋梗塞(投与との因果関係なし)のため死亡した。本剤群での投与中止や死亡はなかった。avalglucosidase alfaの概要 ポンペ病の酵素補充療法の目標は、筋細胞の中にあるライソゾームに酵素を送り届け、欠損しているか機能低下がみられる酸性α-グルコシダーゼに代わって筋肉内のグリコーゲン蓄積を防ぐことにある。本剤は、筋肉内、とくに骨格筋の細胞に酵素を送り届ける機能を高めるよう設計されていて、標準治療で用いられるアルグルコシダーゼアルファに比べ、-マンノース-6-リン酸の含量を約15倍に高めた物質で、酵素の細胞内への取り込みを向上させ、標的組織において高いグリコーゲン除去効果を得る目的で開発された。ただ、この差の臨床的意義は、まだ確認されていない。 同社では、「今回の試験結果により、avalglucosidase alfaをポンペ病の新たな標準治療薬として確立させるという目標に向けた歩みがまた一歩進んだ」と期待をにじませている。 また、今回のデータに基づき、2020年下半期に世界各国で承認申請を行う予定であり、米国食品医薬品局(FDA)は、ポンペ病と確定診断された患者に対する治療薬候補として画期的新薬として、ファストトラック審査の対象に指定している。

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第1回 人工呼吸器不足を視野に、重症COVID-19への血栓溶解薬の試験を準備中

血栓形成を伴いうる急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に陥ったが、人工呼吸器治療が受けられないまたは人工呼吸が用を成さない重篤な新型コロナウイルス感染(COVID-19)患者に、血栓溶解薬t-PA(アルテプラーゼ)が有効かどうかを調べる試験の準備を、米国の3病院が進めています1)。米国人のおよそ30%(9,600万人)が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染し、そのうち5%(480万人)が入院し、それら入院患者の40%(190万人)は集中治療室(ICU)に入り、ICU患者の約半数96万人が人工呼吸を必要とすると米国病院協会(AHA)は最近予想しています2-4)。しかし2009年の調査によると、用途一通りをこなす人工呼吸器は米国の急性期病院にわずか6万2,000台ほどしかなく、人工呼吸が必要なCOVID-19患者に人工呼吸器が十分に行き渡らないかもしれません。それに人工呼吸を受けることができたところで、死を免れることがかなり困難なケースがあるようです。たとえば先月末にLancet誌に掲載された、中国武漢でのICU入室の重度COVID-19(重度SARS-CoV-2肺炎)患者52例のデータ解析によると、その多く(35例、67%)がARDSに陥り、人工呼吸器使用患者の約70%(37例)が死亡しています5)。そのような人工呼吸が用を成さないARDS合併COVID-19患者にt-PAが有効な可能性があり、ARDSによる死亡をプラスミノーゲン活性化薬・ウロキナーゼストレプトキナーゼが防ぎうることが、2001年の臨床試験(第I相試験)で示唆されています6)。この試験では呼吸療法が奏効しなかった、重症ARDS患者20例中30%にウロキナーゼストレプトキナーゼの有効性が認められました。今回、ハーバード大学の病院(Beth Israel Deaconess)、コロラド大学の病院(Anschultz Medical Campus)、コロラド州デンバーの市民病院(Denver Health)の3病院が始める試験で、別のプラスミノーゲン活性化薬・t-PAが使われるのは、同薬が出血リスクはウロキナーゼストレプトキナーゼと変わらず、血栓溶解作用はより強力だからです。t-PAは治療の手立てがなくなったCOVID-19患者にまず投与され、効果があれば対象患者が速やかに拡大されます。試験では2つの投与経路(静注と気道)への直接注入が検討され、マサチューセッツ工科大学(MIT)発のベンチャー企業Applied BioMath社は同薬の投与法の調節に役立ちうる計算法を開発しています。脳卒中や心臓発作に使われているt-PAのメーカーRoche傘下Genentech社はすでに同薬を寄付しており、有望な結果がひとまず得られて試験が拡大すれば、それに応じる予定です。参考1)A stopgap measure to treat respiratory distress / MIT2)Worst-Case Estimates for U.S. Coronavirus Deaths / NewYorkTimes3)United States Resource Availability for COVID-19 / Society of Critical Care Medicine4)Moore HB,et al. J Trauma Acute Care Surg. 2010 Mar 20.[Epub ahead of print]5)Yang X, et al. Lancet. 2020 Feb 24.[Epub ahead of print]6)Hardaway RM, et al. Am Surg. 2001 Apr;67:377-82.

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肝型・筋型糖原病

1 疾患概要■ 概念・定義グリコーゲン代謝経路の解糖系酵素の欠損による(表1、図)。「糖原病」は歴史的にはグリコーゲンが臓器に蓄積し腫大することから命名されたが、グリコーゲンの臓器蓄積は病型によって程度がさまざまであり、「糖原病」と呼ぶよりも「グリコーゲン代謝異常症」と呼ぶのが妥当であるが、本稿では従来使われている診断名を踏襲する。表1 糖原病の分類と一般的な特徴の一覧画像を拡大する図 解糖系代謝マップ画像を拡大する■ 疫学わが国における本症の発生頻度は不明であるが、肝型糖原病は約1:2万人と考えられている。最も多い病型はIX型で、その他ではI、II、III、V、VI型が多く、この6病型で全糖原病の約90%を占める。■ 病因・病態(表2)現在までに16種類の病型が知られている。解糖の目的は(1)ATPを産生、(2)グルコースを産生することであり解糖経路の障害により前者の障害は主に筋型で「エネルギー供給障害型」、後者の障害は主に肝型で「グルコース供給障害型」とに分けられる。表2 基本的な糖原病の病態生理画像を拡大する■ 症状・検査所見・治療酵素発現の臓器特異性により、一般的には症状の出方から肝型、筋型、肝筋型と大別する(表1)。本稿では糖原病の約90%を占める6病型を中心に概略を述べる。1)糖原病I型(フォン・ギールケ病)Ia型(グルコース-6-ホスファターゼ欠損)、Ib型(グルコース-6-P-トランスロカーゼ欠損)がある。Ia型が80~90%、Ib型が10~20%を占める。Ia型とIb型の症状は類似するが、Ib型では好中球減少、易感染性、炎症性腸疾患などを伴う。著明な肝腫大が認められるが脾腫は認めない。頬部がふっくらし、人形様顔貌を示す。成長障害がみられ、低身長となる。2次性の病態として血小板機能の障害による鼻出血、頬部のクモ様毛細血管拡張、高脂血症による黄色腫、高尿酸血症による痛風、尿酸結石もみられる。成人では肝腺腫およびその悪性化、 腎不全などの合併症が問題となる。糖新生、解糖の両経路からのグルコース産生が障害されるため、低血糖の程度は糖原病の中では強い。低血糖に伴い高乳酸血症、代謝性アシドーシスなども増悪する。低血糖の予防が重要で、血糖のコントロールを良好にすることで2次的な代謝異常、成長障害の改善が期待できる。頻回食が基本であるが糖原病治療乳(昼間用および夜間用)が開発されているので乳幼児期には有用である。未調理コーンスターチ療法と組み合わせることで一定の血糖維持が期待できる。Ib型の好中球減少に対してはG-CSFを用いる。高尿酸血症に対してはアロプリノールを用いる。成人になり多発性の肝腺種、悪性化を伴っているもの、内科的に代謝異常のコントロールが困難なものに対しては、肝移植が適応とされているが長期予後は不明である。2)糖原病II型(ポンペ病)発症時期により乳児型、遅発型に分けられる。乳児型は生後早期に筋緊張低下、巨舌、心拡大、肝種大がみられる。1歳前後で心不全、呼吸不全で死亡する。心電図ではPR短縮、QRSの増高、心肥大がみられる。胸部X線では著明な心拡大、心エコーでは両心室壁と心室中隔が肥厚し、左室流出路の閉塞を来す場合もある。遅発型では幼児期から成人期に主に筋力低下で発症する。心筋、肝臓の罹患は認めないか、あっても軽度である。肢帯型筋ジストロフィーと症状が類似することがあり、肢帯型筋ジストロフィーの診断症例の中に一定程度混在していると推測されている。遅発型では四肢筋力低下に比較して不釣合いに呼吸障害を強く認める例もある。治療では酵素補充療法の導入により乳児型の生命予後は劇的に改善した。本症のスクリーニングは乾燥ろ紙血を用いた簡便な検査が提供されている。3)糖原病III型(フォーブ-スコーリー病)脱分枝酵素の欠損により、分枝が多く残存したlimit dextrineが蓄積する。肝筋型のIIIa型(約85%)と肝型のIIIb型(約15%)がある。乳幼児期に肝種大、低血糖で気付かれる。I型に比較すると低血糖は軽症で、思春期以降改善する。一部肝障害が遷延し、肝硬変や肝線腫その悪性化なども報告されている。IIIa型では筋力低下、心筋障害進行する症例もあり、定期的な心機能のチェックが必要である。近年IIIa型では修正Atkins法による低炭水化物、高蛋白、高脂肪食が試され心筋障害の改善が認められている。4)糖原病V型(マッカードル病)典型例では運動時の筋痛、筋硬直、横紋筋融解症などである。まれに発症時期が乳児の例や、無症状例があり中高年では筋力低下例もある。阻血下(または非阻血下)前腕運動負荷試験では乳酸の上昇が認められない (表3)。横紋筋融解症を来さないように日常の生活指導が大切である。なお、日本人の本症の一部ではビタミンB6が有効である。表3 前腕阻血(非阻血)運動負荷試験の評価画像を拡大する5)糖原病VI型(ハーズ病)乳幼児期に低血糖、肝種大、成長障害で気付かれる。症状は年齢と共に次第に軽快していく。6)糖原病IX型ホスホリラーゼキナーゼ(PhK)は4種類のサブユニット(α、β、γ、δ)からなり(表4)、肝型(IXa、IXc)、筋型(IXd)、肝筋型(IXb)がある。最も頻度の多いIXaの予後は良好で成長と共に肝種大、低血糖などの症状は軽快する。IXcは低血糖症状も強く、後に肝硬変に進行したり、肝腺腫の報告もある。表4 糖原病IX型の亜型とその詳細画像を拡大する■ 分類1)欠損酵素による病型分類(ローマ字表記)16病型があり、基本的には報告年代順にローマ数字で命名されてきた(表1)。2)症状から見た分類肝腫大、低血糖を呈する肝型、筋力低下、運動不耐、筋硬直、横紋筋融解症などの筋症状を示す筋型、両方の症状を持つ肝筋型がある(表1の症状参照)。■ 予後I型は成人期になると、肝腫瘍、腎不全、高尿酸血症など、多臓器の障害がみられてくる。II型では特に乳児型で心不全、呼吸障害のため死に至る。遅発型では四肢筋に比較して不釣り合いな呼吸障害が認められるのが特徴である。IIIa型では肥大型心筋症により、心不全が進行する例がある。V型の典型例では筋負荷による横紋筋融解症を予防することが有用である。VI型、IX型は一般に予後は良好であるが、一部肝線維化などがみられる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 肝型糖原病の診断1)Fernandesの負荷テスト(表5)肝型糖原病の病型鑑別の負荷テストである。負荷物はブドウ糖、ガラクトース、グルカゴン(空腹時、および食後2時間)で行われるが、酵素診断、遺伝子診断と併用することですべての負荷が必須ではない。特にガラクトース、グルカゴン負荷はI型では異常な高乳酸血症を引き起こし、酸血症になる例も報告されているため「新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2019」では推奨されていない。表5 肝型糖原病・病型診断:Fernandesの負荷テスト画像を拡大する2)画像検査超音波検査で輝度上昇のため、脂肪肝と診断されることが多い。肝臓CTでは信号強度の上昇がみられることから脂肪肝とは区別ができる。3)好発遺伝子変異の検索日本人Ia型患者では、好発変異c.648G>Tが90%以上の患者にみられる。また、Ib型ではp.Trp118Argが約半数にみられる。4)肝生検肝型では肝組織に正常あるいは異常グリコーゲンが蓄積するため著明なPAS染色性と、肝細胞のバルーニングが認められる。また、ジアスターゼによりPAS陽性物質が消化されない場合は糖原病IV型が疑われる。5)酵素診断表1にある検体で酵素診断は可能である。■ 筋型糖原病の診断1)阻血下(または非阻血下)前腕運動負荷試験(表3)運動負荷後に血中乳酸の上昇を認めない(ただし0型、II型、IV型、IXd型を除く)。負荷試験後の筋硬直・筋痛などの苦痛を考慮して最近では非阻血下での運動負荷試験も行われている。2)血清creatine kinase (CK)筋型糖原病では程度の差はあるがCKは上昇していることが多い。一時的なCKの上昇かどうかを判断するために、2週間後以降に再検する。3)好発遺伝子変異を持つ筋型糖原病原病V型(マッカードル病)では日本人患者の約50%にp.Phe710delが認められる。4)筋生検筋型糖原病では筋組織に程度の差はあるがグリコーゲンの増加が認められる。なかでもIIIa型の肝筋型(コーリー病)では筋組織に空胞が多発している(Vacuolar Myopathy)。5)酵素診断生検筋組織を用いた酵素診断が確定診断となる。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)症状で先述したが基本的には、肝型糖原病では低血糖の予防、筋型糖原病では横紋筋融解症の予防が重要である。4 今後の展望糖原病は古典的な代謝異常症であるが、近年多彩な臨床症状や新たな知見も報告され、併せて病態解明の進歩とともに病態に即した治療法の開発が進んでいる。5 主たる診療科糖原病は先天性の疾患であり、特に肝型は小児期に発見されることが多く、小児科が主たる診療科となる。筋型はその症状から学童期~成人期に診断されることから小児科、神経内科が主たる診療科となる。いずれにせよ適切な時期でのトランジションも課題となる。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 筋型糖原病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター 肝型糖原病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)杉江秀夫(総編集). 代謝性ミオパチー.診断と治療社. 2014.p.31-83.2)日本先天代謝異常学会(編集). 新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2019. 診断と治療社.2019.p.181-199.3)矢崎義雄(総編集). 内科学 11版.朝倉書店.2017.公開履歴初回2020年03月16日

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中條・西村症候群〔NNS:Nakajo-Nishimura syndrome〕

1 疾患概要■ 概念・定義1939年に東北帝国大学医学部皮膚科泌尿器科の中條により報告された血族婚家系に生じた兄妹例に始まり、1950年に和歌山県立医科大学皮膚科泌尿器科の西村らが血族婚の2家系に生じた和歌山の3症例も同一疾患としたことで確立した「凍瘡ヲ合併セル続発性肥大性骨骨膜症」(図1)が、中條・西村症候群(Nakajo-Nishimura syndrome:NNS)の最初の呼称である。図1 中條先生と西村先生の論文画像を拡大する2009年に本疾患が稀少難治性疾患として厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業研究奨励分野の対象疾患に採択された際に、中條‐西村症候群との疾患名が初めて公式に用いられ、2011年のPSMB8遺伝子変異の同定を報告した論文により国際的に認められた。その後も厚生労働科学研究において継続的に本疾患の病態解明や診断基準の策定が行われ、「中條・西村症候群」として2014年に小児慢性特定疾病19番、2015年に指定難病268番に登録された。1985年に大阪大学皮膚科の喜多野らが、自験4症例を含む中條の報告以来8家系12症例について臨床的特徴をまとめ、わが国以外で報告のない新しい症候群“A syndrome with nodular erythema,elongated and thickened fingers,and emaciation”として報告したのが、英文で最初の報告である。さらに、1993年に新潟大学神経内科の田中らが、皮膚科領域からの報告例も合わせてそれまでの報告症例をまとめ、新しい膠原病類似疾患あるいは特殊な脂肪萎縮症を来す遺伝性疾患として、“Hereditary lipo-muscular atrophy with joint contracture,skin eruptions and hyper-γ-globulinemia”として改めて報告した。これらの報告を受け、国際的な遺伝性疾患データベースであるOnline Mendelian Inheritance in Man(OMIM)に、1986年にNakajo syndromeとして登録番号256040に登録された。本症は長くわが国固有の疾患と考えられてきたが、2010年に脂肪萎縮症を専門とするアメリカのグループによって、類症がjoint contractures,muscular atrophy,microcytic anemia and panniculitis-induced lipodystrophy(JMP)症候群として、わが国以外から初めて報告された。症例はポルトガルとメキシコの2家系4兄妹例のみであり、いずれも発熱の記載はなく、全身の萎縮と関節拘縮が目立つ(図2)。程なく原因としてPSMB8遺伝子変異が同定された。図2 プロテアソーム関連自己炎症性症候群の臨床像画像を拡大するさらに、2010年にスペインの皮膚科医のTorreloらによって報告されたヒスパニックの姉妹例を含む4症例に始まり、脱毛を伴うイスラエルの症例、バングラデシュの姉妹例、ブラジルの症例など、世界中から報告された類症が、chronic atypical neutrophilic dermatosis with lipodystrophy and elevated temperature(CANDLE)症候群である。未分化なミエロイド系細胞の浸潤を伴う特徴的な皮膚病理所見から命名され、スイート症候群との鑑別を要する。冬季の凍瘡様皮疹の有無は明らかでないが、肉眼的にNNSと酷似する(図2)。それらの症例の多くに、JMP症候群と同じ変異を含む複数のPSMB8遺伝子変異が同定されたが、ヘテロ変異や変異のない症例、さらにPSMB8以外のプロテアソーム関連遺伝子に変異が見出される症例も報告されている。これら関連疾患の報告と共通する原因遺伝子変異の同定を受け、NNS・JMP症候群・CANDLE症候群をまとめてプロテアソーム関連自己炎症性症候群(proteasome-associated autoinflammatory syndrome:PRAAS)と呼ぶことが提唱され、OMIM#256040に再編された。現在では、PSMB8以外のプロテアソーム関連遺伝子変異によるPRAAS2や3と区別し、PRAAS1と登録されている。これらの疾患名の変遷を図3にまとめた。図3 プロテアソーム関連自己炎症性症候群の疾患名の変遷画像を拡大する■ 疫学既報告・既知例は東北・関東(宮城、東京、秋田、新潟)の5家系7症例と関西(和歌山、大阪、奈良)の19家系22症例であるが、現在も通院中で生存がはっきりしている症例は関西のみであり、10症例ほどである。中国からもNNSとして1例報告があるほか、諸外国からJMP症候群、CANDLE症候群、PRAASとして25例ほど報告されている。■ 病因・病態NNSは、PSMB8遺伝子のp.G201V変異のホモ接合によって発症する常染色体劣性遺伝性疾患である。わが国に固有の変異で、すべての患者に同じ変異を認める。JMP症候群においては、ヒスパニックの症例すべてにPSMB8 p.T75M変異がホモ接合で存在する。一方、CANDLE症候群においては、ヒスパニック、ユダヤ人、ベンガル人などの民族によって、PSMB8の異なる変異のホモ接合が報告されている。PRAASとして、PSMB8の複合ヘテロ変異を持つ症例も報告されているが、さらに、PSMB8とPSMA3やPSMB4のダブルヘテロ変異、PSMB9とPSMB4のダブルヘテロ変異、PSMB4単独の複合ヘテロ変異、複合体形成に重要なシャペロンであるPOMP単独のヘテロ変異などさまざまな変異の組み合わせを持った症例もCANDLE/PRAASとして報告されている。PSMB8遺伝子は、細胞内で非リソソーム系蛋白質分解を担うプロテアソームを構成するサブユニットの1つである、誘導型のβ5iサブユニットをコードする。ユビキチン-プロテアソーム系と呼ばれる、ポリユビキチン鎖によってラベルされた蛋白質を選択的に分解するシステムによって、不要・有害な蛋白質が除去されるだけでなく、細胞周期やシグナル伝達など多彩な細胞機能が発揮される。特に、プロテアソーム構成サブユニットのうち酵素活性を持つβ1、β2、β5が、誘導型のより活性の高いβ1i、β2i、β5iに置き換わった免疫プロテアソームは、免疫担当細胞で恒常的に発現し、炎症時にはその他の体細胞においてもIFNαやtumor necrosis factor(TNF)αなどの刺激によって誘導され、効率的に蛋白質を分解し、major histocompatibility complex(MHC)クラスI提示に有用なペプチドの産生に働く。NNSでは、PSMB8 p.G201V変異によって、β5iの成熟が妨げられそのキモトリプシン様活性が著しく低下するだけでなく、隣接するβ4、β6サブユニットとの接合面の変化のために複合体の形成不全が起こり、成熟した免疫プロテアソームの量が減少するとともに、β1iとβ2iがもつトリプシン様、カスパーゼ様活性も大きく低下する。その結果、NNS患者の炎症局所に浸潤するマクロファージをはじめ表皮角化細胞、筋肉細胞など各種細胞内にユビキチン化・酸化蛋白質が蓄積し、このためにIL-6やIFN-inducible protein(IP)-10などのサイトカイン・ケモカインの産生が亢進すると考えられる。MHCクラスI提示の障害による免疫不全も想定されるが、明らかな感染免疫不全は報告されていない。一方、JMP症候群では、PSMB8 p.T75M変異によりβ5iのキモトリプシン様活性が特異的に低下し、発現低下は見られない。したがって、本症発症にはプロテアソーム複合体の形成不全は必ずしも必要ないと考えられる。種々の変異を示すCANDLE症候群においても、酵素活性低下の程度はさまざまだが、ユビキチン蓄積やサイトカイン・ケモカイン産生亢進のパターンはNNSと同様であり、さらに末梢血の網羅的発現解析からI型IFN応答の亢進すなわち「I型IFN異常」が示されている。プロテアソーム機能不全によってI型IFN異常を来すメカニズムは明らかではないが、最近、Janusキナーゼ(JAK)阻害薬の臨床治験において、I型IFN異常の正常化とともに高い臨床効果が示され、I型IFN異常の病態における役割が明らかとなった。NNS患者由来iPS細胞から分化させた単球の解析においても、β5iの活性が有意に低下するIFNγ+TNFα刺激下においてI型IFN異常を認めた。ただ、この系においては、IFNγ-JAK-IP-10シグナルとTNFα-mitogen-activated protein(MAP)キナーゼ-IL-6シグナルが双方とも亢進しており、酸化ストレスの関与や各シグナルの細胞内での相互作用も示唆されている。これらの結果から想定されるNNSにおける自己炎症病態モデルを図4に示す。図4 中條・西村症候群における自己炎症病態画像を拡大する■ 症状NNSは、典型的には幼小児期、特に冬季に手足や顔面の凍瘡様皮疹にて発症し、その後四肢・体幹の結節性紅斑様皮疹や弛張熱を不定期に繰り返すようになる。ヘリオトロープ様の眼瞼紅斑を認めることもある。組織学的には、真皮から筋層に至るまで巣状にリンパ球・組織球を主体とした稠密だが多彩な炎症細胞の浸潤を認め、内皮の増殖を伴う血管障害を伴う。筋炎を伴うこともあるが、筋力は比較的保たれる。早期より大脳基底核の石灰化を認めるが、精神発達遅滞はない。次第に特徴的な長く節くれだった指と顔面・上肢を主体とする脂肪筋肉萎縮・やせが進行し、手指や肘関節の屈曲拘縮を来す。やせが進行すると咬合不全や開口障害のため摂食不良となり、また、嚥下障害のため誤嚥性肺炎を繰り返すこともある。LDH、CPK、CRP、AAアミロイドのほか、ガンマグロブリン特にIgGが高値となり、IgEが高値となる例もある。さらに進行すると抗核抗体や各種自己抗体が陽性になることがあり、I型IFN異常との関連から興味を持たれている。早期より肝脾腫を認めるが、脂質代謝異常は一定しない。胸郭の萎縮を伴う拘束性呼吸障害や、心筋変性や心電図異常を伴う心機能低下のために早世する症例がある一方、著明な炎症所見を認めず病院を受診しない症例もある。■ 予後NNSの症例は皆同じ変異を持つにもかかわらず、発症時の炎症の程度や萎縮の進行の速さ、程度には個人差が認められる。小児期に亡くなる症例もあるが、成人後急速に脂肪筋肉萎縮が進行する例が多く、手指の屈曲拘縮のほか、咬合不全や重度の鶏眼などによりQOLが低下する。心肺のほか肝臓などの障害がゆるやかに進み、60歳代で亡くなる例が多いが、早期から拘束性呼吸障害や心機能低下を来して30歳代で突然死する重症例もあり、注意が必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)難病指定の基準となるNNSの診断手順と重症度基準を表に示す。臨床症状8項目のうち5項目以上陽性を目安にNNSを疑って遺伝子解析を行い、PSMB8に疾患関連変異があれば確定(Definite)、変異がなくても臨床症状5項目以上陽性で他疾患を除外できれば臨床診断例(Probable)とする。わが国の症例ではPSMB8 p.G201V以外の変異は見つかっていないが、CANDLE症候群やPRAASで報告された変異や新規変異が見出される可能性も考慮されている。進行性の脂肪筋肉萎縮が本疾患で必発の最大の特徴であるが、個人差が大きく、皮疹や発熱などの炎症症状が強い乳幼児期には目立たない。むしろ大脳基底核石灰化が臨床診断の決め手になることがあり、積極的な画像検査が求められる。ただ、凍瘡様皮疹と大脳基底核石灰化は、代表的なI型IFN異常症であるエカルディ・グティエール症候群の特徴でもあり、鑑別には神経精神症状の有無を確認する必要がある。神経症状のない家族性凍瘡様ループスも鑑別対象となり、凍瘡様皮疹は各種I型IFN異常症に共通な所見と考えられる。臨床的に遺伝性自己炎症性疾患が疑われるも臨床診断がつかない場合、既知の原因遺伝子を網羅的に検討し遺伝子診断することも可能であるが、新規変異が見出された場合、その機能的意義まで確認する必要がある。表 中條・西村症候群診断基準と重症度分類画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)ステロイド全身投与は発熱、皮疹などの炎症の軽減には有効だが、減量によって容易に再燃し、また脂肪筋肉萎縮には無効である。むしろ幼小児期からのステロイド全身投与は、長期内服による成長障害、中心性肥満、緑内障、骨粗鬆症など弊害も多く、慎重な投与が必要である。メトトレキサートや抗IL-6受容体抗体製剤の有効性も報告されているが、ステロイドと同様、効果は限定的で、炎症にはある程度有効だが脂肪筋肉萎縮には無効である。CANDLE症候群に対してJAK1/2阻害薬のバリシチニブのグローバル治験が行われ、幅広い年代の10例の患者に3年間投与された結果、5例が緩解に至ったと報告されている。4 今後の展望2020年よりPSMB8遺伝子解析が保険適用となり、運用が待たれる。また、NNS患者末梢血の遺伝子発現解析にてI型IFN異常が見られることが明らかとなりつつあり、診断への応用が期待されている。治療においても、NNSに対してJAK1/2阻害薬が有効である可能性が高く、適用が期待されているが、病態にはまだ不明な点が多く、さらなる病態解明に基づいた原因療法の開発が切望される。5 主たる診療科小児科・皮膚科その他、症状に応じて脳神経内科、循環器内科、呼吸器内科、リハビリテーション科、歯科口腔外科など。※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報小児慢性特定疾病情報センター 中條・西村症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター 中條・西村症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)自己炎症性疾患サイト 中條-西村症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)金澤伸雄ほか. 日臨免会誌.2011;34:388-400.2)Kitano Y, et al. Arch Dermatol.1985;121:1053-1056.3)Tanaka M, et al. Intern Med. 1993;32:42-45.4)Arima K, et al. Proc Natl Acad Sci U S A.2011;108:14914-14919.5)Kanazawa N, et al. Mod Rheumatol Case Rep.2018;3:74-78.6)Kanazawa N, et al. Inflamm Regen.2019;39:11.7)Shi X, et al. J Dermatol.2019;46:e160-e161.8)Okamoto K, et al. J Oral Maxillofac Surg Med Pathol.(in press)公開履歴初回2020年03月09日

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